このパンがすごい!

気分はパリの朝食 魅惑のぷにっと感のクロワッサン/PATH

PATH(東京)

 おもしろい店ができた。渋谷のビストロ「ROJIURA」の原太一さんと、フランスのトロワグロで修行をしたレストランパティシエの後藤裕一さんとがタッグを組んではじめたPATH。夜はカジュアルなコース料理を楽しめるフレンチレストランだが、注目は朝8時から朝食を食べられること。しかも自家製パンで。

 代々木八幡の駅前商店街に、看板もないシンプルな構えの新しいカフェが一軒。ドアを開けると、カウンターに焼きたてのクロワッサンが積まれているのを見て興奮を抑えきれなかった。これは、カフェのカウンターで焼きたてのクロワッサンをコーヒーで流しこむ「パリの朝食幻想」を完璧に満たしてくれる店ではないか。

 注文すると、クロワッサンがひとつがひょいと取り上げられ、目の前に置かれる。持つのが困難なほど、指で触れたところから皮がどんどん割れてくる。だから、升酒を飲むみたいに口で迎えにいく。ぱりぱりのよろこびが湧きあがる。しかも食感はエアリー。生地が持ち上がって、中がほどよく空洞になっているからだ。

 衝撃だった。噛んだとき、歯が着地する瞬間のぷにっと感。そもそもクロワッサンとは、外側の皮が香ばしくぱりぱりしているだけではまだ不十分で、バターの生々しさも両立していてほしい。それがこのクロワッサンときたら、内側の白い層がぷにっとなるほどちょっと厚めであるゆえに、そこにバター感が溜って甘さがじゅるじゅるととろけだすのだ。印象を言葉にすれば、きつねうどんの薄揚げからダシが滲みでるぐらいの勢いで。

 クロワッサンではなく、さらにチョコレートがはさまったパン・オ・ショコラにする手もある。甘酸っぱさとほろ苦さが相争う、香り高いチョコレート。じわじわのびてくるバターが相まって奏でるマリアージュ。ぼろぼろと激しく破片が崩れ落ちるのも気にしないほど、夢中で食べた。
 
 ほどなく、魅惑のぷにっと感の理由が、クロワッサンを作る後藤さんの動きで氷解した。カウンターの中にある厨房は、クロワッサンを作るには少し手狭なので、カウンターに手動式シーターを置いて折り込みをはじめたのだ。まぐろの解体ショーばりの臨場感。

 普通、クロワッサンの折り込みはリバースシーターという大きな機械で行う。だが、それを置く場所はない、でも焼きたてクロワッサンは出したい…オープン前、そんな煩悶を抱えつつ後藤さんが合羽橋の道具屋街を歩いていたら、 ある菓子道具店で卓上の手動式シーターを見つけた。買って試作してみると、手動がちょうどよかったのだという。日本のパン屋の作るクロワッサンは薄く丁寧に折り込まれすぎるきらいがあり、「ぷにっと感」はなかなか出ない。機械ではなく、手動のシーターで行うことで、フランスのクロワッサンの層の厚み(フランス人のある意味適当な仕事ぶりから生まれたもの)も再現されたのだ。

 そんな作り方だから、クロワッサンの数には限りがある。この記事を読んで食べに行かれたとき、もし売り切れていたとしてもご容赦いただきたい。

 自家製ハムとカマンベールのサンドイッチについても触れなければいけない。パンとパンの間からたらたら溶けて流れ落ちるバターのすばらしい甘さ、純粋さ。原さんの作る自家製ハムも表現としては「ぷにゅっ」になるだろうか。やわらかななまめかしい食感、塩気は控え目にむしろ肉のフレーバーの色気でそそらせる(それらは自家製でなくては表現されえないものだ)。癖もなくひたすらミルキーなカマンベールはそれを後押しする。具材をはさむのは自家培養発酵種から作られるカンパーニュ。しっとりとした食感も甘さもやさしく、熟した発酵の香りもいいニュアンスだ。

 ハムとパン。それらには、自家製ならではのハーモニーがあった。同じ厨房で、同じ志のスタッフから生まれるものは波長も同じくしていて、それがハーモニーとなっていた。クロワッサン然り、よその店から仕入れたパンでは出せないおいしさがある。

■PATH
東京都渋谷区富ヶ谷1-44-2 A-FLAT1F
03・6407・0011
8:00~14:00 18:00~24:00(L.O.23:00)(月休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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