鎌倉から、ものがたり。

<39>旧倉庫から発信する、「ゆっくり時間」/ブオリ

 鎌倉駅から長谷に伸びる由比ヶ浜大通りは、若宮大路と並ぶ鎌倉のメインストリート。高徳院の大仏さまをはじめ、鎌倉文学館や長谷寺といった名所も多く、通りには老舗の蒲鉾店や鎌倉彫の工房兼住宅など、重厚な木造建築が今も存在感たっぷりに残る。昭和時代には海水浴客で大いに賑わった通り。ちかごろは少し寂れた気配の中に、新しい世代の店が登場して、街並みが新しい空気をまといはじめている。
 長谷観音の交差点からすぐの場所にある「vuori(ブオリ)」は、そんな新世代のお店のひとつだ。建物は老舗の海産物問屋「のり真安齊商店」の旧倉庫。隣には鎌倉市景観重要建築物に指定されている、大正時代からの木造倉庫も残る。年月を経た堂々たる木造と、昭和の名残を留めるコンクリートの倉庫。ふたつが隣り合っている様子は、文句なくカッコいい。
 木とガラスの扉を開けて、中へ。広々とした内部は、1階がカフェで、2階がくらしの道具を扱うギャラリーになっている。コンクリートの三和土と、白いペンキを塗った壁に、使い込んだ木のテーブルと椅子。簡素な中にしみじみとした温かさが感じられる空間だ。
 ブオリは、岡田清志さん(44)と咲耶子さん(31)夫妻が、2014年4月にオープンした。清志さんは茅ヶ崎市の出身で、咲耶子さんは小学校から鎌倉育ち。日に焼けた清志さんを見て「サーファーですか?」と聞いたら、「いえ、僕は海じゃなくて、山の方。ふたりとも山好きなんです」という言葉が返ってきた。店名の「ブオリ」とは、フィンランド語で「山」を表すという。
 カフェでは、ネルドリップで丁寧に淹れたコーヒーと、ブオリのレシピのケーキ、そして季節のデザートが味わえる。冬のメニュー、「白いおしるこ」は、うつわの中の白いんげんの餡が、素朴でいながら、はっとする美しさ。うつわとともに深い禅味を感じさせる。夏はそのいんげんの餡が、かき氷のラインナップに登場して、早くも界隈の人気だ。
 ここは「店」というよりも「場」と表した方がしっくりくる。
「カフェと、くらしの道具のギャラリーと、どちらが中心というのではなく、この場全体で、自分たちがいいと思ったこと、これから大切にしていきたいことを伝えていければ、と思っているのです」と、咲耶子さんが控えめに語る。
 ふたりの出会いは10年前。清志さんが横浜で営んでいた小さなカフェで、咲耶子さんが働き始めたことがきっかけだ。カフェは、清志さんの大切な空間ではあったものの、忙しい日々の中では、どうしても追い立てられてしまう。「何か違う……」と、うっすらと感じていた時に、東日本大震災が起こった。
 震災を機に、考えていることと、現実にやっていることとのズレを感じたふたりは、カフェを閉め、車中泊で日本の各地を旅した。その中で出会ったひとりが、伊豆に住む陶芸家の村木雄児さんだ。もともと手仕事のうつわが好きだったふたりは、そこから作家との出会いを重ねていくうちに、ますます「手の世界」に魅了されていった。
「何が面白かったかといえば、村木さんのところには、お人柄を慕って、いろいろな人が集まっていたこと。窯焚きに呼ばれた時は、寝ずの番を引き受けたり、食事作りを手伝ったりしましたが、窯という火の周りで、自分の足で生きている人たちと話をする時間が、とても貴重なものに思えました」(咲耶子さん)
 やがて、「自分たちも何か作りたい」という思いが再び湧き上がり、ブオリへと結実する。
「ブオリは僕たちが受け取った思いを、また別な人たちに向けて発信していく場所。でも、『これがいい』と、押し付ける気持ちは持ちたくない。この空間でゆっくりと時間を味わってもらえれば、それでいいんです」(清志さん)
 そのために、きちんとコーヒーを淹れ、おいしいお菓子を用意する。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<38>震災後、ライフスタイルショップを辞めた

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<40>山登りと日々の食卓から、見えてくること

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