このパンがすごい!

あふれ出す、麦と発酵種のフレーバー/リンカフェ

リンカフェ(群馬)

 まちがえて民家の庭先に突っ込んだのだと思った。幹線道路を折れ、細い道をたどり、ついには舗装さえなくなっていた。ナビの案内が終了を告げ、私は車を停めたが、パン屋らしきものは見えない。目を凝らす。そのとき、庭だと思っていたところに、プレハブの建物があり、目指す「RINCAFE」の看板が見えた。
 ずいぶん奥ゆかしい立地であるけれど、これはまちがいなくサンドイッチスタンドである。こちらに向いた窓の中に一人、男が立って客がくるのを待っている。この人こそ松本正廣シェフであった。愛好家のあいだで静かな評判を呼ぶ若手がこんなところで腕を撫(ぶ)しているとは。私が名乗ると名刺代わりとばかり、松本さんは一切れのパンを手渡した。「パン・オ・ノワ・レザン~2016~」。衝撃的だった。
 水分を十分に吸った半透明の中身、気泡ののびやかさ。顔を近づけただけで、発酵種の香り、香ばしさ、そしてレーズンからあふれるフルーティなアロマがあふれかえる。ぷるぷるした中身はまるで愛撫するように舌になめらかに触れる。噛めば極めてジューシー。ぷちっとした歯ごたえとともに、じゅわっと滴るレーズンの果汁と、麦のフレーバー、発酵の香りがシンクロし、一体となる。皮からは気持ちのいい香ばしさが、その繊細な薄さからは想像がつかないほど芳醇に滲(にじ)みで、旨味がじゅくじゅくと垂れ舌のあたりに溜まる。と同時に、くるみの香ばしさも皮の香ばしさと響きあう。中身とレーズン、皮とクルミ。いいパンとはそんなふうに具材の香りをすでにまとって、マリアージュを繰り広げるものなのだ 。
 松本さんは堰を切ったようにパンについて語り始めた。開店から2年。彼がどのような探求を行い、パンという頂を登ってきたか。リンカフェでは13種類の発酵種を育て、パンに合わせ使い分ける。たとえばパン・オ・ノワ・レザン~2016~ではヨーグルト、赤いレーズン、全粒粉と3種類を使用。レーズンの果汁をパンがまるで自ら流れださせ、1個の大きな果実のようにしていたのは、フレッシュな状態で使用されるレーズン種のせいであった。あるいは食べ手も気づかないようなレベルで酸を加えたり、まろみを出したりということを種の配合によって行う。それは私の食べたパンが、見事なほど違和感が消されていたり、大きなフレーバーの高まりを醸しだしていたことにつながっているのだろう。
 パン・ド・ミのフレーバーはかって経験したことないものだった。袋を開けたとき全身からほのかにフルーティな香りが立ち上がっていたのだ。口にすると発酵のフレーバーの一撃があり、それはまたたくまに甘さの次元へとまろやかにつながっていく。ぷるんとした中身が唾液を吸ってフルーチェみたいなムース状の甘くどろどろのおいしいものになり、麦と発酵のフレーバーを発するのだった。
 それは食パンであるけれど、ふわふわではない。むしろ小麦を適度な水分によって握ったおむすびといったニュアンス。普通のパン作り、特にふわふわの食パンには「強力粉」というタンパク質の多い粉を使うが、松本さんが使用するのは東北の地粉(中力粉)で、タンパク質は多くない。そうした粉を使ったとき起こる変化について、松本さんは独特の言い方で表現する。
「タンパク質によって塗りこめられていた味が噴きだす。ここに可能性があるんじゃないかと思います」
 リンカフェが探求するのは、発酵種と麦のフレーバーのマリアージュなのである。
 冒頭書いたようにサンドイッチスタンドである。好きなパンを選び、注文後サンドイッチを作ってできたてを提供する。私はプロシュット&チーズをベーグルにはさんでもらい、リンゴと安納芋のスープとともにテイクアウトして、車の中で食べた。しっかりと熟成のきいた本物のプロシュートに、麦のミルキーなフレーバーと旨味があふれだすベーグル、そしてあたたかいスープ。寒空になによりのごちそうだった。

リンカフェ
群馬県藤岡市立石1461-1
10:00~14:30(水休)

店舗マップはこちら

<よく読まれている記事>

酵母が奏でる変幻自在のハーモニー/ラトリエ・ドゥ・プレジール

トップへ戻る

達人のコラボが生んだ 「1週間かけて食べるパン」/マルディグラ

RECOMMENDおすすめの記事