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<34>夫婦で二人三脚、小腹も心も満たす店

〈ブックカフェ〉キイトス茶房

 丁寧に使い込まれた、質のいいテーブルや椅子が並び、昭和の喫茶店を彷彿とさせる空間。都営大江戸線牛込神楽坂駅すぐの雑居ビル2階にある「キイトス茶房」。「小腹と心を満たす書斎的食堂的珈琲店日和」というキャッチフレーズには、店の特徴がぎゅっと詰まっている。

 オーナーの清水敬生さん(65)は、20年以上に渡って法律関連事務の仕事に就いていたが、50歳の時に事務所をたたみ、喫茶店のマスターに転身した。

「大学受験や資格試験の時、いつも喫茶店で勉強してました。勉強以外でも本を読んだり、名曲喫茶で音楽を聴いたり、タバコを吸ってくつろいだりと、喫茶店は自分の世界に浸れる場所だったんです」

 飲食店の経験はない。でも、自分が好きな本や音楽、映画が楽しめて、コーヒーが飲めて、小腹も満たせるという、自分にとって一番居心地のいい場所を作ってみたくなったという。

「妻には猛反対されて『離婚!』とまで言われましたけど」

 それでも清水さんの決意は変わらなかった。場所は神楽坂に決めた。清水さんは仕事帰りに今はなくなってしまった神楽坂の名喫茶店・巴有吾有(パウワウ)で本を読んだり、佳作座で映画を観たりして過ごすことが多く、好きな街だったからだ。

 2001年6月にオープン。ところが、2階という場所がいかに飲食店に不利かを営業開始後に実感することになる。

「人は上を見て歩きません。だからこの店に気づかないんですよね」

 居心地のいい空間を作りさえすれば、人が自然と集まるわけではなかった。清水さんは薫り高いコーヒーにこだわり、清水家秘伝のドライカレーや自家製ケーキなどを毎日仕込み、茶話会や読書会などのイベントも開催した。

 店はゆっくりとこの地に根を下ろし、客が思い思いの時間を過ごす場所へと育っていった。

 ところが2014年12月、清水さんに前立腺がんが見つかった。自覚症状はなかったが、かなり進行した状態だと診断された。

「店をやめようかと思ったけど、店で培った人とのつながりや自分たちの生活もあるので、いきなりやめることなんてできません」

 妻の励ましや支えもあり、手術で入院した半月後には店を再開。抗がん剤の副作用は辛く、体がむくんだ。もう以前と同じように働けなくなっていた。

「でも食事はできたんです。食べられるなら大丈夫、と思えました。家にいる方が病気になりそうだし、店を続けている方が張り合いになりますから」

 手術前は第1、第3土曜日が定休日だったが、復帰後は土日のどちらかを体調次第で休みにするようになった。月に1回、抗がん剤を点滴する日も定休日にした。そして、妻とのデートの日にもなった。

「2人でいろんな場所に出かけるようにしてるんです。病気の前より仲良くなったかな」

「小腹と心を満たす書斎的食堂的珈琲店」は、なんだかんだ言いつつも二人三脚で歩んできた、清水さん夫妻の温もりにも満ちている。

おすすめの3冊

〈ブックカフェ〉キイトス茶房

『馬車よ、ゆっくり走れ』(東山魁夷)
東山魁夷がドイツやオーストリア、フィンランドなどを訪れた紀行文。「この本を読んでフィンランドに行ってみたくなり、実際に本の旅程を辿ってみました。その時、みんなが『キイトス』って言っていたのですが、それはフィンランド語の『ありがとう』でした。それが店名の由来になっています」

『音楽への愛と感謝』(尾崎喜八)
詩人・尾崎喜八が綴った、音楽への愛に満ちた散文集。「クラシックの楽しみや魅力を教えてもらった一冊で、ずっと大事に持っているものです」

『詩人のノート』(田村隆一)
自作をはじめとした多くの詩を引用しつつ、詩人をとりまく日常を春夏秋冬にわたって描いた随筆集。「僕は芸術家が描いたエッセイが好きで、そういう人たちの視点がすごく新鮮なんです。これもこの人のことが大好きになった一冊です」

(写真 山本倫子)

    ◇

「キイトス茶房」
東京都新宿区箪笥町25 野吾ビル2F
http://kiitosryo.blog46.fc2.com/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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