鎌倉から、ものがたり。

<40>山登りと日々の食卓から、見えてくること

(「ブオリ」前編は こちら)

 由比ヶ浜大通りにある「vuori(ブオリ)」は、店主の岡田清志さん(44)、咲耶子さん(31)夫妻が営む、カフェとくらしの道具のギャラリーだ。店舗はかつて海産物問屋の倉庫だった建物。自分たちで改装を行った空間には、いたるところに「手仕事」の味わいが宿る。
「この物件をはじめて紹介してもらった時は、僕たちには大きすぎるからムリ、と即座に候補からはずしたんです。でも、いろいろ探す中で、やっぱり、ここが気になってしまって。大家さんとは、『鎌倉の古い町並みを守りたい』ということで意気が通じて、そこからだんだん、店のイメージが具体化していきました」(清志さん)
 壁板の張り直しや水回りのインフラは、大家さんが受け持ってくれたが、そこから先は自分たちの作業。大工の助けを借りながら、壁や天井のペンキ塗りや内装に取り組んだ。
 清志さんは古い車をいじることが趣味。手を使って何かを組み立てること、作っていくことが、もともと性に合う。周囲には木工作家やインテリアデザイナーの仲間もいた。
 味わいのある建具や什器は、地元鎌倉をはじめ、いろいろな地方を回って集めた。入り口に使った木とガラスの扉は、栃木県の益子で掘り出した。戦前に建った工場で使われていた年季モノだ(写真は前編に)。
 建築関係の勉強をしたわけでもなく、美術大学の出身でもない。それでも、暮らしに対する熱意と愛情があれば、こんなすてきな空間を作ることができる。鎌倉育ちの咲耶子さんは言う。
「鎌倉には『もやい工藝』さんのような、民藝の精神を伝えるお店が以前からあり、私の母はそこで求めたうつわを日々の料理で使っていました。夫の家もお母さんがお料理好きで、食卓を大事にする家族です。そんな体験がベースにあるのかな、と思います」
 ふたりのもうひとつの共通項は「山登り」。ハイキングというより、南アルプス、北アルプス、八ヶ岳を登る本格的なものだ。山登りも子どものころから家族ぐるみで親しんだ。今も一日、時間が取れると丹沢にさっと出かけて“足腰ならし”をするという。
「山では、いかに自分で判断できるかが大事で、その判断が命にまでかかわってくる。自分の足で生きていくことの大切さを実感します」(清志さん)
「山を歩いていると、自分が本当にしたかったこと、したいことに気付けるんです。ブオリは街の中のお店ですが、ここにいらしたお客さまが、ふっと自分の時間に帰れる場所になることができれば……。店に置いた本を眺めながら、ゆっくりと旅に出てみたい、という気持ちになっていただけたら、うれしいですね」(咲耶子さん)
 ブオリは清志さんの強さと、咲耶子さんのやさしさのバランスがちょうどいい。
 今、鎌倉では、表通りも裏通りも、世代交代が進んでいる。ひっそりと消えてしまう場所も多い中、ふたりは「昔からあるよいものを活かして、次の世代に楽しくつなげていく」ことを意識する。2階のギャラリーでは、くらしの道具を売るだけではなく、欠けた器を修復する「金継ぎ」や門松盆栽など、季節に合わせた教室を催している。即、大きな儲けになるものではないが、これから、そのようなワークショップをもっと充実させていきたいという。
 時代が進んだ今、うつわにしても安く簡便な品はいっぱいある。でも、割れた時に「また買えばいい」と思うより、「直して使い続けよう」と思える方が、心豊かな暮らしではないか。ブオリは豊かさの中で、ものを慈しむ喜びを呼び覚ましてくれる空間だ。 

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<39>旧倉庫から発信する、「ゆっくり時間」/ブオリ

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<41>ケープタウンから戻って見つけたローカルな自立/亀時間

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