このパンがすごい!

達人のコラボが生んだ 「1週間かけて食べるパン」/マルディグラ

マルディグラ(東京)

 肉料理の巨匠として知られる和知徹シェフの店「マルディグラ」。銀座の八丁目、地下へつづくあの階段をわくわくすることなしに私は決して降りない。重厚なフレンチレストランでありながら、子供さえよろこびそうなハンバーグがあり、誰もがほっぺたを落とすトスカーナフライドポテトという名物料理がある。自由と楽しさ。あの薄暗い空間には特別な時間が過ぎる魔法がかかっているのではないか、と本気で思う。

「1週間かけて食べる大きなパンを作ってほしい」
 あるとき、和知さんから、ブーランジェリーレカンの割田健一シェフのところにそう依頼があったという。なんと挑戦的な試み。初日、2日目、3日目…味わいはどんどん変化していく。一定の味を常に保つことがよしとされがちな食べ物の世界において、変化を肯定的に捉え、それを楽しむというのだから。果たして、1週間経ってもなお、パンは本当においしい状態で提供されるのか、どんな味をしているのか。

 私がマルディグラで食べたとき、パンはちょうど1週間目を迎えていた。濃厚かつまろやかに、熟しきった香りをふんぷんと立てて。極端な乾きもなく、しなやかさをとどめてもいる。私は感嘆した。7日間かけて、カンパーニュはぎりぎりの領域へ向けて旅をしてきたのだ。熟成はさまざまな香りを育む。水分が抜けて味わいを凝縮させ、よりパンチのあるフレーバーへたどり着いていた。鰹が鰹節に変貌するように、新鮮な酒が古酒へ変貌するように。

 なぜ1週間も経って、なおパンが劣えず、変化を孕むことが可能なのか。割田シェフによれば、最高級のフランス産小麦を使用しているせいとのこと。フランス産小麦ならではの香りのポテンシャルは、少々の乾きにもへこたれることなく、1週間後にもなお豊かさを持続するのだ。

 料理の進行とともに、このパンはマルディグラの料理との親和性を明らかにしていった。たとえば、フォアグラと洋梨。ソテーされた洋梨によってフォアグラのフルーティさがライトアップされるかのように華やぐ一皿。マリアージュの後口にパンを含んだとき、果実味に小麦の甘さが寄り添う。と同時に、華やぎの裏面にあるフォアグラの中の土っぽい感じもまた小麦の穀物感によって照射されるのだ。

 ステーキとともに食べたとき。テーブルにどーんと置かれる、中が赤い肉。最高の火入れとはこういうものなのだろう。焼かれているのに表面に硬さや焦げを感じないのだ。それでいて生の野卑さもとげとげしさもない。ただ甘いだけでなく、ぐいぐいと肉の香りが鼻腔に食い込んでくる。和知節と呼びたくなるような、ぎりぎりエッジを突く感覚。そこにパンを放りこむ。肉の香りに、熟しきったパンの香りが互角に渡り合う。香りの個性と個性がぶつかりあって、争わず融合する。攻めてくる塩気をパンが受け止め、比類ないほど高められた肉の旨味には、小麦の旨味で応える。

 不思議だったのは、それぞれの料理に合わせて、パンの味が変わったことだ。まるで鏡のように、料理の味を映し出す。甘いものに対してはパンが甘くなり、酸味のあるものに対してはパンが酸を合わせていく。パンが仮面を付け替えるわけはない。熟したパンはたくさんの香りを含み、料理が残した後味が重なることで近似の香りがクローズアップされ、マリアージュを繰り広げるのだ。食事が進むにつれパンの中のさまざまな風味を発見し、また逆にそこから料理のおいしさを再発見する。パンと料理のあいだに極めて幸福な関係が打ち立てられているのだ。

 1週間かけて食べるパン。香りをなにより尊ぶ和知シェフならではの企みに、割田シェフが技術と感性で応える、すばらしいコラボレーションなのである。

■マルディグラ
東京都中央区銀座8-6-19 野田屋ビルB1
03・5568・0222
18:00~24:00(LOは23:00、日曜休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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