このパンがすごい!

湘南が香るパンに、地元食材をたっぷりと/nico

Boulangerie nico(神奈川)

 湘南の海に吹き渡る風のようにさわやかなパンがあった。まだ30代の若手・近藤将吾シェフによる平塚のnicoという店のパン・ド・ロデヴだ。
 匂いを嗅いだだけで、その甘さに衝撃を受ける。皮を食べるとますますそう感じる。小麦と塩だけのパンと思えないほど甘さが輝いていて、すがすがしい香ばしさと一体になっている。かりかりした厚めの皮から一転し、中身はみずみずしく、ぷりぷりと音が鳴るようだ。その味わいは皮よりもさらに繊細である。ゆっくりと訪れる甘さはじょじょに高まって、そのうち耐えがたいほど激しくなると、今度は穀物的なフレーバーがふつふつと湧きだしてくる。そしてやっぱり、白い味わいの中に、ブラウンの香ばしさが襲うのだ。
 nicoのパンを特徴づける甘さと香ばしさの共犯関係。甘さはレーズンから起こした発酵種によるもの。「ぶどうの香りが残る。甘さと旨味がすごく出る感じです」と近藤シェフ。粉や水を追加するかけ継ぎを経ずに、レーズンのエキスがほとばしり出たばかりのフレッシュな状態で使う。だから酸味もなく、フルーティな輝きを放つ。
 すがすがしくも高貴な香りは「湘南小麦」によるものだ。平塚や伊勢原などの地元農家が栽培した小麦。それを製粉工場ミルパワー・ジャパンの巨大な石臼6台が1分間に9~12回転という超低速で挽く。熱が出ないので香りが逃げず、小麦のポテンシャルがあますところなくパンに含まれる。だから、この香りにささやかれたら最後、心に刻みこまれることは確実なのである。
 バゲット、カンパーニュもパン・ド・ロデブ同様に甘さと香ばしさを味わえる秀逸なものだ。しかも、nicoでは、これら湘南の香りがするパンに、地元産の食材をのせて惣菜パンやサンドイッチを作っているのだから、よだれが出ることこの上ない。
 ルッコラと生ハムのサンドイッチ。近藤シェフと同年代だという若手の自然栽培農家が届けるルッコラの香りが鮮烈。生ハム、パルメジャーノ、そしてクルミという旨味と甘さの波状攻撃に対し、香りで喝を入れ、コントラストを作り出す。表面かりかりで、中身は意外なふわんふわんぶりを見せるクルミパンが、ハムやチーズに優って実はいちばん甘いことに驚く。
 あるいは、クロワッサン生地をベースにした「キンカン」。このやんちゃなキンカンは、スーパーで並んでいる果物のようにお行儀よくない。野生の香り、酸味、苦味が食べ手の感性を揺さぶる。それを寄ってたかってなだめすかそうとするカスタード、チョコ、バターといった甘さたち。私が「反対ベクトルのマリアージュ」と呼ぶ、引き裂かれるようなエクスタシーは、キンカンがやんちゃである分いよいよ高まるのだ。
 迫力あるでか盛りぶりが食欲に突き刺さるタルティーヌ。野菜のタルティーヌに使用されたニンジンも地元産のもの。大きなソーセージと山盛り野菜を載せた見た目は、まるで巨艦。波ならぬ肉汁をけたてて発進するのだ。ニンジンの爽快な風味、レンコンの土っぽさ。ミルキーにして甘ささわやかなベシャメルソースが、甘さにあふれたバゲットとともにそれらをまとめあげる。なにより驚喜したのは底。熱い天板に触れて強く焼かれるために、かりかりさも香ばしささもMAXに高まっている。それを口にしながら再確認するのだ。おいしいパンにおいしい具材がのる以上の幸福はないと。

■Boulangerie nico(ブーランジェリー・ニコ)
神奈川県平塚市宮松町7-2 落合ビル 1F
0463・86・6900
8:00~19:00(月・第2第4火休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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