鎌倉から、ものがたり。

<41>ケープタウンから戻って見つけたローカルな自立/亀時間

 鎌倉・材木座海岸にほど近い住宅地の一画に、どっしりした瓦を屋根にいだいた、風格ある古民家がたたずんでいる。建物の周囲は、赤レンガタイルの低い塀。その上にゴーヤのグリーンカーテンがしつらえられて、古今と和洋がなんとなく共存している感じが面白い。ここが、世界中から旅好きが集まってくるゲストハウスの「亀時間」だ。
 扉を開けて中へ。温もりのあるラウンジが、訪れた人を迎えてくれる。館内に時計とテレビは置いていない。貼り紙もしていない。
 大正時代の末期に宮大工が建てたという家は、繊細な縦格子が特徴の大阪障子や、客室の床の間、欄間など、随所に日本の古きよき技が残る。中でも圧巻が、ラウンジの上部に据えられた神棚。文字通り、ゲストハウスの守り神として、ここに集う人々を見守っている。
「冬は大きなストーブを囲んで。夏は窓を開け放して、蚊取り線香をたいて。海と山に囲まれた鎌倉の街で、古い建物に滞在していただく。そして、ゆったりした時間の中で、大切なものを思い出してもらえれば……。そんな気持ちを込めています」
 オーナーの櫻井雅之さん(43)が語る。
 2011年4月の開業以来、旅人を迎えるだけでなく、地域の人々との交流の拠点にもなるようにと、思いと行動を重ねてきた。週日は宿泊者用のゲストハウスだが、週末は野菜中心のメニューを用意して、カフェとしても営業する。
 味噌づくりのワークショップや、旅人が出店者になるフリマ、一泊二日でアーユルヴェーダの食事や海岸ヨガを体験する「インド時間」など、亀時間ならではのユニークなイベントも数多い。
「ちょっと固い言い方になってしまいますが、競争的な世の中から距離を取って、ローカルで自立していくには、どうしたらいいか。そんなテーマをずっと考え続けているんです。現代人にとって、お金は大事なことではありますが、それ以上に『時間』や『人とのつながり』が大切ではないかな。そのバランスを探る中で、僕が見つけた仕事がゲストハウスだったんです」
 亀時間の空間は、櫻井さんがたどった旅の軌跡とつながっている。
 大学で経済学を専攻し、卒業後はネパールで半年間、ボランティア教師を務めた。帰国後はレコード会社に就職し、好きな音楽を仕事にできた。が、やがて、冒険への希求がじわじわと頭をもたげる。安定した仕事、そこで築いた人間関係から抜け出ることには、大きな勇気が必要だった。しかし、何も行動を起こさずに、日々のルーティンに埋もれてしまうこともできなかった。29歳の時、サラリーマンを辞めて、貯金を元手に世界一周の旅に出た。
 大阪から船で出発し、ネパール、インド、イラン、トルコを経由して、中東からアフリカへ。アフリカ大陸の南端、ケープタウンに。ケープタウンでは、バックパッカーたちと共同生活をしながら、学生街でカフェも運営し、料理の楽しさを知った。
「本当は、さらに南米に渡るつもりでしたが、資金が底を尽いてストップ。そこで帰国です」
 3年を旅に暮らした櫻井さんの姿は、傍目には気楽な青年のそれに映ったかもしれない。しかし、胸の中には、「将来の仕事像が見えるまでは帰国しない」という重い決意を秘めていた。
 旅では、大量生産・大量消費の経済システムの限界を痛感した。自分は、そこから一歩踏み出した仕事を開拓していくべきだと思った。新しい仕事と生き方を模索する中で、櫻井さんがインスピレーションを得たのが、持続可能なライフスタイルを提唱する「トランジション・タウン」のムーブメントだった。湘南エリアで立ち上がったばかりの「トランジション葉山」に参加して、地域通貨、自然エネルギー、共同で耕す畑など、さまざまな“暮らしと価値観を転換する試み”に触れた。そこから「ゲストハウス」のイメージが、徐々に固まっていった。

(→後編に続きます。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<40>山登りと日々の食卓から、見えてくること

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<42>志が同じ仲間と一緒に、ゆったりと、ゆっくりと

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