MUSIC TALK

フライングキッズ、「いか天」のあの頃 浜崎貴司(前編) 

 個性派バンドを次々とメジャーシーンへ送り出した伝説の番組「三宅裕司のいかすバンド天国」で、初代グランドキングとなった「フライングキッズ」。そのファンクでロックなサウンドで90年代の音楽シーンを駆け抜けた。ボーカルの浜崎貴司さんが、突然人気バンドとして世間から注目された戸惑い、苦悩の上選んだ解散への道を振り返った。(文 中津海麻子)

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「プロのミュージシャンになる」と固く信じていた

――音楽に興味を持ち始めたのは?

 最初はコマーシャルソングでした。小学1年か2年のころだったかな、フマキラーの「カダン」の歌がものすごく好きで。「カダンカダンカダン、お花を大切に♪」ってやつです。テレビの前にカセットデッキを置いて、録音しようとスタンバってましたね。でも、結構大変だった。だってCMっていつ流れるかわからないから、ずっと待ってないといけなくて(笑)。

 小学校の中学年の頃、二つ上の兄貴の影響でビートルズを聴くようになりました。「Yesterday」をうっとり聴いた記憶があります。ある日、やっぱり兄貴が録音したラジオのビートルズ特集を聴いていたら、1曲目が「Any Time at All」で、ジョン・レノンがシャウトするんです。それに妙に感激しちゃって。しびれるってこういうことなんだなぁ、と思ったのを覚えています。それ以来、シャウトするボーカリストに夢中になり、僕自身もそういうスタイルの音楽家になっていったのです。

 僕は栃木県の田舎育ちなんですが、地元の町立図書館にレコードが置いてありました。ビートルズからエアロスミスから、借りてきては聴きました。兄貴が買ったエリック・クラプトンや井上陽水さんのレコードも。あとはもっぱらラジオで、NHK―FMの「サウンドストリート」は毎回欠かさずにエアチェックしていました。RCサクセションのようなかっこいい日本のバンドも出てきたし、サザンオールスターズ、山下達郎さん、松任谷由実さんといった、いわゆるニューミュージックといわれる音楽まで、いろんなジャンルの音楽を並行して聴くような感じでした。

――曲を作ったり、バンドを組んだりは?

 中学になるとバンドはやってみたかったんだけど、楽器を健気にちまちまやるタイプじゃなかった。「ボーカルやるから誰かギター弾いてくれ」みたいな感じで、結局ちゃんとしたバンドは組まなかったんです。曲も作らないし、詞も書かない。なんもしない。高校時代もずっとそんな感じでした。でもなぜか「俺はプロのミュージシャンになる」と思い込んでた。構想だけはデカかったんです。今思えば、勘違いもいいとこなんだけど(笑)。

 1年浪人して東京の大学に進学。高校の同級生でギターをやっていた加藤英彦と、彼の知り合いのメンバーとで、いよいよバンドを組むことになりました。それが後の「フライングキッズ」です。ただ、オリジナルじゃなく、マーヴィン・ゲイやポール・ウェラーなんかのカバーをやっていました。

半年間の会社員生活

――「フライングキッズ」の名前の由来は?

 俺たちが元暴走族で、そのチーム名「飛ぶ童」から名付けた……という説がまかり通っていた時期がありまして。完全なガセネタなんですけどね(笑)。つい最近も、いかにもな強面の男がこっちに向かってやって来るのでひるんでいたら、「浜崎さん、昔めっちゃ怖かったんスよね? マジでリスペクトっす!」とか言われて(笑)。本当の由来は、ギターの加藤が山下達郎さんフリークで、達郎さんの「フライング・キッド」っていう曲から取った、という実は超さわやかでポップなバンド名なんです(笑)。

――大学卒業後、会社員をしていた時期があるとか?

 大学4年になると親から「就職しろ」とうるさく言われるようになったので、「俺ミュージシャンになるから就職しません」と宣言したら、激怒されたんです。仕方なく一応就職活動のふりだけでもしよう、と。そんな中、先輩から紹介された先に面接に行ったらトントン拍子に話が進み、就職が決まった。CIをするプランニング会社でした。

 そのころフライングキッズもようやく曲が次々とできて、僕もどんどん詞を書くようになりました。ようやく山が動いた(笑)。メジャーデビュー曲となった「幸せであるように」も、このころできた1曲です。オリジナル曲でライブをやったらすごく盛り上がり、人生初のアンコールをもらいました。そんな僕らの様子を見ていたテレビ関係の人から「テレビに出ない?」と誘われて。それが、翌年2月から始まることが決まっていた「三宅裕司のいかすバンド天国」だったんです。

――通称「いか天」は超人気番組となり、初代グランドキングとなったフライングキッズも一躍人気バンドに。環境が一変して戸惑うこともあったのでは?

 もう、びっくりすることばかり。番組に出始めてから原宿でライブをやったのですが、当日会場に行ったらすごい行列ができてるんです。対バンで人気のあるバンドが出るんだろうな、なんて思ってたんですが、いざ本番が始まってみたら全部うちのバンドを見に来たお客さんだった。ライブハウスのテーブルやイスをお客さんがバケツリレーみたいに外に出して、なんとか入ってもらった。そんなこともありました。

 とはいえ、一応就職が決まっていたので、4月から会社勤めも始めたんです。初日に行ったら「あれ、君テレビに出てるよね?」と言われ、新入社員としてあいさつ回りに行くと「おー! いか天キングだ!!」と驚かれ。取材も殺到し、昼休みに会社で雑誌のインタビューを受けたりもしました。しかし、そのうちライブの都合で会社を休まなきゃいけない日も出てきて。新人だから有給休暇もなく、上司の温情で風邪をひいたことにしてもらったりしたのですが、いよいよ社長から呼び出され、「男ならどちらかにしろ」と一喝されたのです。

 当時、会社は築地にありました。夕暮れどきにてくてく銀座方面に歩いていくと、ネオンがとてもきれいだった。誰かと結婚し、こういう景色を見ながら帰り道に同僚と飲みに行ったりして、普通に生きていくのもとってもすてきなことなんじゃないかな――。そんな考えもふと頭をよぎりました。でも、会社員とミュージシャンだったら、きっと音楽の道のほうが自分の力を発揮することができるんじゃないか、と。会社に辞表を提出。わずか半年ほどのサラリーマン生活でした。

フライングキッズが解散した理由

――メジャーデビューしたころはバンドブームの時代でしたが、そのあとに渋谷系といわれる音楽も出てきます。90年代の盛り上がる音楽シーンの中で、自分たちの立ち位置をどうとらえていたのでしょうか?

 ザ・ブルーハーツにユニコーン、ジュン・スカイ・ウォーカーズも派手にやってたし、レピッシュなんかもいて、僕らがデビューしたころにはすでにバンドブームは盛り上がっていました。そういったバンドのファンからは「いか天かよ」「テレビの人ね」と、ちょっと軽く見られるみたいな感じがありました。一方で、音楽的にはどちらかというとファンクがモチーフだったので、渋谷系的な扱いになったりもして。そういう意味でも、フライングキッズの立ち位置っていうのはいろんな解釈があったんじゃないかと思っています。「クアトロ7デイズ」という渋谷系のミュージシャンが集まるイベントにも参加し、東京スカパラダイスオーケストラのASA―CHANG、スチャダラパーのBOSEくん、小沢健二くんなんかと仲良くなり、メシ食ったりレコード屋に一緒に行ったりしました。

――10年の活動を経た98年、フライングキッズは解散します。その理由は?

 やりつくした感。当時はそう説明していました。それもあるにはあったんだけど、実は人間関係が複雑になりすぎてしまった。フライングキッズは僕らのバンドだけど、マネジメントやレコード会社によるひとつの「ビジネス」になっていて、僕らだけでは保ちきれない形になっていたんです。そして、グループ外の人たちのいざこざによって、メンバーが引き裂かれ、もうメンバーだけではどうしようもならなくなってしまった。

 いろいろな事情、いろんな人の思いや思惑が交錯して、最終的には僕が「解散しよう」と言い放ちました。誰かが言葉にしなければどうにもならない――。そんな状況だったのです。
後編はこちら

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浜崎貴司(はまざき・たかし)
1965年生まれ。栃木県宇都宮市出身。90年、フライングキッズでデビュー。シングル19枚、アルバム13枚を発売後、98年に解散(2007年に再結成)。
ソロアーティスト活動は15年以上にわたる。08年から弾き語り共演イベント「GACHI」を開催、多彩なアーティストとの“対決”を繰り広げている。並行し、11年からソロ弾き語りツアーも精力的に展開。2月24日、新曲含むソロベストアルバム「シルシ」をリリースした。

【ライブ情報】
「シルシ」 発売記念ライブ
・OSAKAソロバン / 浜崎貴司&45trio
2016年4月2日(土) UMEDA CLUB QUATTRO
・TOKYOソロバン / 浜崎貴司&45trio
2016年4月16日(土) shibuya duo MUSIC EXCHANGE
弾き語りツアー、対戦相手にYO-KINGを迎えた「GACHI」や、フライングキッズ関東ファンク旅団2016など、スケジュール詳細はこちらから。

浜崎貴司オフィシャルサイト:http://hamazaki.org/index.html

PROFILE

中津海麻子

執筆テーマは「酒とワンコと男と女」。日本酒とワイン、それらにまつわる旅や食、ペット、人物インタビューなどを中心に取材する。JALカード会員誌「AGORA」、同機内誌「SKYWARD」、ワイン専門誌「ワイン王国」、朝日新聞のブックサイト「好書好日」、同ペットサイト「sippo」などに寄稿。「&w」では「MUSIC TALK」を連載中。

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