料理家の台所(「東京の台所」番外編)

番外編 <3>朝ドラより波瀾万丈。人気料理家の情熱的半生 (下)

〈住人プロフィール〉
柳瀬久美子さん 料理家、フードコーディネーター・52歳
テラスハウス・2SLDK・目黒区
築40年・入居12年

 人気料理家、柳瀬久美子さんは、フランスで世話になった大家夫妻の家を飛び出し、恋人と同棲。しかし、2年後、傷心のもと帰国する。その先に待っていた、予想外の人生の扉とは──。

(「」から続く)
    ◇

「彼と暮らした2年間は、私の料理家としてのベースになっている気がします」
 柳瀬さんは意外なことを言った。
 フランス人の医者の恋人とは、結婚してこの地に骨を埋めるつもりで、日本から必要な書類を全て取り寄せ、あとは籍を入れるだけの状態だった。だが彼が精神を患い始めた。別離の道を選んだのは、その日々が苦しかったからではないのだろうか。
「彼が精神的に不安定になっていったのは大変でしたが、出会うまでの私のフランスでの日々は、いわばちょっと長い旅行のようなもの。ところが彼と暮らすようになって、旅行ではなく初めて“生活”に変化したのです。彼を通して知り合った友人たちの家に招かれたり、招いたり。たとえばみんな、人を招くと、デザートは自分で焼いたケーキやタルトでもてなすんですね。同世代のフランス人の地に足の付いた暮らしというものを初めて知り、生活に根ざしたお菓子やお料理、そして生活を豊かにするための知恵や工夫を知りました。楽しいことのほうが多かったです」
 彼の実家は、オルレアンの郊外の大きなプール付きの屋敷のほか数軒を所有し、コルシカ島にも古城を持っていた。ふたりは、週末ごとにこのオルレアンの家に行き、バカンスはコルシカ島で過ごした。柳瀬さんはそこで人生初の田舎暮らしを経験したのである。
「ばあやとマルシェに行ったり、ブラックベリーを摘みに行って1年分のジャムを作ったり。アプリコット、ヘーゼルナッツ、桃、いちご、ミラベル。この季節にはこの果物や野菜という旬を生かした知恵をたくさん教えてもらいました。お屋敷の庭師は庭で蜂を飼っていて、はちみつも作っていたんですよ。あたりまえのように季節の恵みでジャムやお菓子を作る。そのときはお嫁さんになることしか考えてなくて、本当に毎日が夢のようでした」

 だが、その日々に自ら終止符を打つ。一緒に暮らすことが彼の自立の妨げになると悟ったからだ。生活に根ざした菓子や料理を提案する料理家になろうと決心するのはまだ先の話だ。
 傷心で帰国した柳瀬さんはまず、生活のためにアルバイトを始めた。
 パリでときどき、ロケーションコーディネートや通訳のバイトをしていたつてから外資系の広告代理店で働き出したのである。
 コピー取りや郵便物を配付したり、買い物など事務雑用全般である。およそ料理とは関係ない。

 ある時、営業部の社員が柳瀬さんの上司に相談に来た。
「だれかお菓子作りの好きな人いないかな? 競合プレゼンに使う資料用のケーキ作ってもらいたいんだけど」
 柳瀬さんは、反射的に手を挙げた。
「はい!私、お菓子作り好きです!」
「じゃ、この日までに頼むよ」
 クリームチーズを使ったケーキが必要とのことで、柳瀬さんはレアチーズとベイクドチーズケーキを焼いて行った。担当者は、目を丸くして感嘆した。
「売ってるものみたいにきれいだね~」
 柳瀬さんは控えめに告白した。
「はい、じつは私菓子職人でした……」
 そのケーキによるプレゼンは無事勝利した。
 柳瀬さんの役目は終わったが、撮影風景を見学したいと申し出た。担当ディレクターに「いいよ、おいで」と快諾された。
 柳瀬さんは、初めて料理の撮影風景を目の当たりにした。
「そのとき 、本番のケーキを作ってきた女性を見て“あの人ってどっかのお菓子屋さんの人ですか?”と聞いたのです。するとディレクターさんが、撮影用にお菓子や料理を作るフードコーディネーターという仕事があるんだよ、と教えてくれました。そのとき生意気にも、あれなら私でもできる!って思っちゃったんですねえ」

 しかし、日々のバイト仕事で時間は無為に流れていく。どうやってその仕事に就けばいいかもわからない。クリエイティブルームや営業のスタッフが楽しそうにものづくりに関わっているのをかたわらに、自分だけが蚊帳の外でいるのを寂しく感じながら、悶々としてやりすごした。

 29歳の時、不意に同僚に聞かれた。
「柳瀬さん、やりたいことないの?」
「ありました。フードコーディネーターです」
 いいながら自分で「あれ?」と思った。なんで過去形なんだろう──。

 その後、会社から独立したカメラマンのスタジオに、資料を届けに行った。たまたまアイスクリームの撮影をしていて、クリームの肌目を整えるのに皆、四苦八苦している。
 柳瀬さんは思わず、「こうしたらどうでしょう?」と、すくってみせた。数々のレストラン勤務経験から、デザートの盛りつけは苦もないことだった。おお、と溜息がもれる。役に立った喜びと、裏方ながらもの作りに参加できた喜びで胸がいっぱいになった。
 無事、撮影が済んで以来、このカメラマンから、プロのフードコーディネーターが入らない現場に、ときどき便利屋として呼ばれるようになった。柳瀬さんは決心する。
「私には料理以外なにもない。独立してフードコーディネーターになろう」
 今やらなければ一生やらないと思った。崖っぷちにいる自分に気づいたのである。

 バイトを辞める決意をして、クリエイティブルームで一番尊敬していたデザイナーに相談をした。
「どうしたらフードコーディネーターになれるのでしょうか?」
「そりゃおまえ、作品持って売り込みに行くんだよ」
「作品ってなんですか?」
「料理の写真撮って、イラストレーターみたいにファイルにしていろんな代理店や編集に見せて歩くんだよ」
 デザイナーは自ら作品集のディレクションを引き受けてくれた。撮影は前述のカメラマンが名乗り出た。
「今も使っている名刺もそのとき、デザイナーさんが作ってくれたのです。本当にありがたく思いました。私、その人に出逢ってなかったら独立する勇気も出なかっただろうと思ってます。“大丈夫だよ、ヤナセならできるよ”っていつも背中を押してくださったので」

 30歳でフードコーディネーターとして独立。遠いつてを頼ってなんでも手伝った。業界に師匠がいないので、自分ひとりで学び取っていくしかない。料理がうまい人はいくらでもいる。そのなかで、代理店の経験から、カメラの画角で見たときに、作ったものがどう見えるか、背景はどのくらい入るか、という全体を俯瞰する目を養いたいと考えた。そこで、カメラマンやスタイリストにうるさがられるほど、撮影の疑問を聞いて歩いた。

 まじめでていねい。経験豊富でどんな悪条件でも手早く完成させる柳瀬さんの腕は、とくに料理の帯番組の裏方として重宝された。
 3年目に自宅で菓子教室を始めた。古家を愛おしみながらフランスの家庭で作るお菓子を提案するライフスタイルが若い女性にも広く支持され、料理家として表に出る女性誌の仕事も増えていった。
 独立から23年、現在も仕事が途絶えることなく続いている。
 料理の著書本は、昨年だけでも5冊が刊行されている。
 長いインタビューが終わろうとしていた。
 最初の修行が嫌になった話。彼が自殺しようとした話。菓子の道やフランスから逃げだそうとした話。私は書くつもりであると念押しをした。すると柳瀬さんは、カラカラと笑いながら言った。
「どうぞ書いてください。どれも私の歩んできた本当のこと。笑っちゃうくらいドタバタで、逆にこんなの記事になるのか心配だわ」
 彼女がラッキーだったわけじゃない。
 おそらく、この飾らず、取り繕わず、誰の懐にもありのままの自分で飛び込み、身を預ける朗らかな性格こそ彼女の財産。誰もが手をさしのべたくなる魅力に違いない。池尻の師匠も、ムッシュバイイも、ばあやも、代理店の上司も。
 ちなみにバイイとイレーヌ夫妻はその後、離婚をしたという。そのときだけ、一瞬暗い顔になった。今も時折、渡仏の際、バイイを訪ねる。閉店したレストランをみたときは何とも言えぬ淋しさで胸が詰まったらしい。
 フランス人の元恋人とは現在も仲が良く、たまに連絡を取っているという。「気分としては遠い親戚みたいな感じ。彼が今幸せに暮らしているのを知っているのでわたしも嬉しいし、安心しています」
 25年前に世話になった人や元恋人と今も心を通わせるとは、だれにもできることではない。縁を育むことの尊さを知っている人なのだ。
 強くはない。むしろ迷ったり、投げだそうとしたり。多くの若者がそうであるように、柳瀬さんの日々も、迷いとためらいと自己嫌悪の連続だった。
 だが、とことんぶれて悩んだからこそ今の成功がある。自分は何者でもないと18歳からもがき続けた時間が、料理家、柳瀬久美子を支えている。
(おわり)

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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番外編 <4>味覚の原点はにんじんの漬物

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