このパンがすごい!

印象派の絵画もパンに 「フランス的」な創造と破壊/パリアッシュ

このパンがすごい!

睡蓮

■パリアッシュ(大阪)

 「これはフランス的なのか?」

 天野尚道シェフは、仕事をしながらいつもこの言葉を、まるで念仏のように繰り返し唱えるという。数年前、取材でそれを聞いてから、アッシュのパンを食べるといつも私の頭の中でも「フランス的」という言葉が反響するようになった。天野さんは本町にあったフール・ドゥ・アッシュを閉じ、フランスでの充電を経て、パリアッシュを開いた。アイテムの変動こそあれ、アッシュはますますフランス的であるように思う。

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パン・オ・ショコラ

  パン・オ・ショコラもそうだ。パリのパン屋でパン・オ・ショコラを買って入り口を出てすぐ口にするときの、バターとチョコレートの香り。パリアッシュのパン・オ・ショコラにはまさにあまりにも激しくて卒倒しそうになるあの感覚がある。クロワッサン生地の波打ち捲れ上がる上皮からも、やわらかに唇と舌を撫でる中身からもバターの香りはほとばしる。にもかかわらずチョコレートは、カカオの香り、甘さ、ほろ苦さ、そして酸味まで含みつつとろけでて、大河のようにたゆたって、それを凌駕(りょうが)する。

 一体なぜ、そんなにもチョコが豊潤なのだろう。断面をのぞいてみる。まるで特上の鰻重のように、チョコレートが二階建てになっているではないか。キングオブ贅沢(ぜいたく)の名にふさわしい。

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外観。看板の豚は、本町にあったフール・ドゥ・アッシュ時代からのシンボルマーク

 天野シェフの頭の中にある「フランス的」とは、フランスのパンをただ踏襲することではないらしい。パンといえば茶色か白という固定観念は覆され、アッシュにはピンクやグリーンのパンが並んでいる。こんなに攻めているパン屋はフランスでもほとんどお目にかからない。けれども、食材の組み合わせ(それはしばしばフランス菓子において見られるペアリングだ)や魂においてフランス的であることは変わりがない。

 フランス画家モネの絵をイメージして作られた「睡蓮」。もちもちのパンからほとばしる二つの甘さ。チョコかカシスか、カシスかチョコか。バランスのよさゆえに、二つの強烈な味わいが譲らず、めまぐるしく交互に前に出る、ポリフェノール同士のデッドヒート。パズルのピースがはまるように甘酸っぱさとほろ苦さが完全にマリアージュする一瞬。それはモネの「睡蓮」をじっと見ているとき、絵の具なのか風景なのか、光なのか水面なのか草花なのか、わからなくなるあの眩惑(げんわく)にたしかに似ているのだ。

 そんなふうに、パリアッシュのパンはまるで印象派の絵画のようだ。天野さんのいう「フランス的」とは、うつくしいイメージを頭に思い描きながらパンを作ることだと私は解釈している。パンの名前はそのイメージを端的に表わすポエムとなっている。「睡蓮」「向日葵(ひまわり)」(ゴッホの絵からとられた名前)「くぐもった空のようなカシス」……。

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想像と破壊に満ちたピスターシュ

 「創造と破壊に満ちたピスターシュ」などという名前を見たら買わずにいられない。ピスタチオはどのように創造と破壊を経るのか、知りたくて仕方がないからだ。生地に混ぜ込まれたピスタチオのフレーバーを強調し、さらに創造したのはバジルとミントというハーブ。そのまったりとした甘さの予定調和を引き裂くのはオレンジピール。甘酸っぱさ、ほろ苦さが口の中にあふれ返り、喉へ滑り落ち、香りが鼻へまでも流入し、いつまでも終わることがない。オレンジの味わいのエッジの鋭さは「破壊」の名に異なることはない。

 注文するときに、「『創造と破壊に満ちたピスターシュ』をください」とは言いにくいものだ。気恥ずかしさに負け、つい「これひとつ」などと指差してお茶を濁したくなる。それでも、堂々と「くぐもった空のようなカシス」と発音したい。逡巡(しゅんじゅん)を超越して入って行く晴れ晴れとした境地こそ、あまりに「フランス的」な、パリアッシュのパンを楽しむのにうってつけな心持ちなのである。

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エスカルゴ・プランタン

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ポワブル・マレージ

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パテ・ド・カンパーニュとスペイン産ドライいちじくのサンド

■パリアッシュ
大阪市北区中之島3-6-32 ダイビル本館 1F
06-6479-3577
10:00~19:00(日月休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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