このパンがすごい!

予約は1カ月待ち、神業シェフの口溶けとろとろ食パン/プーフレカンテ

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ずらりと並んだ食パン

■プーフレカンテ(愛知)

 1カ月待たなくては買えない食パンがある。名古屋プーフレカンテの「パンドミ」。しかも、予約は店頭でしか受け付けていない(地元の常連さんを大事にする姿勢が表われている)。つまり、このパンドミは1カ月に2度訪れなくては手にできないのだ。

 ビニール袋にどさり。1斤のパンドミは乾燥を防ぐための紙だけ軽く巻かれて渡される。その時点で、できたての食パンはあまりのやわらかさゆえにくにゃっと曲がって、湯気でしっとりと包装紙もそぼぬれている。

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パンドミ

 さっそく包丁の歯を入れると、繊細な内相は逆立つ。これもその非凡なやわらかさを示していて、期待値はどんどん上がっていくのだ。ごくりと唾(つば)を飲み込んで焦りをこらえつつ、まず耳から攻める。その甘さ、香ばしさよ。クラッカーのようにかりかりしたかと思うと、ミルキーな甘さが滲(にじ)みだす心地よさ。一方、ふわふわで、なめらかで、しっとり、と中身にはおいしい食パンの三要素がそろい踏みしている。まるでマシュマロのようなソフトさで舌を撫でたかと思えばとろとろと溶け、口の中を牛乳色で染め上げる。

 こんな食パンをどうやって作り上げるのだろう。狩野義浩シェフは、その理由を「24時間稼働」しているからだと。

 「夜の12時に仕事を終わって、1時半には起こしてもらう」

 私は信じられず、思わず聞き返した。1日の睡眠時間、なんと1時間半。ずっと店にいるから、生地をずっと見張れる。最高のタイミングで発酵を終え、次の工程に進めることが、あの食感に寄与しているのだ。

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食パンの丸めを行う狩野義浩シェフ

 もうひとつの極意。それは目の前で起こっていた。私の取材を受けながら、狩野シェフは手を休めずこともなげにパンドミ生地の丸めを行っていた。熟練の手さばきはあまりにも早くて私の目をすり抜けたけれども、実は高度な技が行われていたのだ。

 「(作業台に)手をつけないので、生地を傷めない」

 丸めは、生地を作業台に擦りつけるようにして手を動かし、摩擦を利用して行うのが普通だ。ところが……。狩野シェフに丸めをゆっくりやってもらうと、たしかに手は作業台に触っていない。宙に浮かせた指の1本1本をそれぞれ独立して動かし、器用に生地を丸めているではないか。まさに神業。職人の世界とは驚くべきものだ。

 パンドミは1日300個も作られるがすべて予約で完売。では、1カ月に2度名古屋を訪れる以外、この食パンを食べるチャンスはないのか。いや、サンドイッチにこのパンドミは使われているので、それを買うという手がある。

 わんぱくに食パンがふくらむほど、野菜サンドにはトマト、キャベツ、レタスという王道の具材が多めに詰め込まれている。しっとりなめらかなパンドミのテクスチャーに、ぱりぱりフレッシュな野菜が包まれるコントラスト。ほの甘くミルキーな口溶けと、噴射するトマトの果汁が混ざり合い、葉野菜にとって最高の調味料に化ける。

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照り焼きチキンサンド

 あるいは、照り焼きチキンサンド。名古屋ならではの味つけなのか、タレはかなり濃厚な甘じょっぱさ。その塩加減を、マヨネーズとパンドミの安らかなる甘さによって癒す、高速のマッチポンプ。パンドミのしなやかなテクスチャーは、鶏肉の筋肉質を包むしなやかな毛皮として感じられ、野菜サンドとはまた別様の心地よさがある。

 サンドを食べて思う。食パンのクオリティの最たる部分は、やはり口溶けに出るのだと。分厚く具材のはさまれたサンドを噛み切ったとき、普通ならどうしても「もごっ」としてしまうはずなのにそれがなく、すんなりスムーズに溶ける。当たり前の食パンを、職人技で特別なものに仕上げる。見えにくい部分だが、これこそ本当の贅沢(ぜいたく)だ。

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クローネ。注文後クリームを詰める。1日500個も売れる大人気商品

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メロンパンを切ったところ

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外観

■プーフレカンテ
愛知県名古屋市瑞穂区豊岡通1丁目25
052-858-2577
8:00~19:00
月曜休(不定期で火曜休もあるので確認を)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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