このパンがすごい!

薪窯で焼いた大きなパンならではの滋味と香り/麦家

麦家(宮城)

 仙台から小一時間。時代劇のセットかと思うような蔵が立ち並ぶ町を抜け、緑がまぶしい里山に出る。古い日本家屋。白くさっぱりとしたのれん、積まれた薪を見て、麦家だとわかった。フランスの薪窯(まきがま)ブーランジュリーで学んだ千葉彩乃さんの店だ。

 カンパーニュのような大きなパンばかり並ぶ。千葉さんが修行したフランスの薪窯ブーランジュリーもこうだったのだろう。使用する小麦は国産オーガニックの石臼挽き、あるいはスペルト小麦。日本人の好みに合わせ、小さいパンをこまごま作ることはなく、我が道を突き進む。

 「うちの薪窯はスチームが出なくて、小さいパンはうまく焼けないので、もういいかって」と笑う。

 薪窯で焼いた大きなパンにしかできないこと。レンガに溜めた巨大な熱量を浴びせて火をしっかり入れる。その味わいは、カンパーニュの武骨な表情が物語る。焦げではなく、「おこげ」。苦みではなく火の香り、滋味と感じられる。驚くべきは、麦と水と塩だけのシンプルなパンなのに、皮がオイリーなこと。硬い皮が唾液を吸ってとろけるごとに、豊潤な旨みと香ばしさに飽きない変化があるのだ。

 発酵種(いわゆる天然酵母)ならではの、ウイスキーにも似た熟成香が渦巻く。中身はみずみずしくぷるぷる。舌に吸い付いてきて、とろんと溶け、じゅわーっと、ぎりぎりに焼かれた極みの麦の甘さがしたたる。これも大きいパンをたくさんの火力で焼いて水分を閉じこめたときに特有のおいしさである。

 とはいいながら、例外的に小さい、「プチパン」に私の目は吸いつけられた。カンパーニュの生地を、サンドイッチ用に小さく取り分けたパン(普通の日本のパン屋のパンに比べたら十分大きいのだけれど)。焼くときは、広い窯の中の、入口近くがこのパンの特等席だという。高温で他のパンといっしょに窯入れしても、プチパンだけは小さいので早く焼ける。先に取りだす必要があるので、そこを占めるというわけだ。

 高温でしっかり火を通し、水分を閉じこめることは変わらない。だが、小ささは他のパンにない「むにゅむにゅ感」を与えた。シリコンのように、軟体動物のように、むにゅむにゅ揺れ動く。麦の味わいには存分に密度がありながら、水分のおかげで食感は重たくない。ぷにゅっとして歯と歯の間からむちむちの生地が風船みたいに飛び出してぱちんと割れるイメージ。

 プチパンを使った数種のサンドイッチが並ぶ。自家製干し柿とウォッシュチーズ、クレソンのサンドイッチは、ヴィアザビオ(チーズの輸入会社)のチーズ使用と聞いて期待がふくらむ。合わせているのは、店裏の山にある柿の木からとって自分で乾かした干し柿。とろーんとしてむわーんと広がる熟した甘さが、同じくとろーんと溶けるチーズの香りをやさしくし、反対に、チーズの一癖ある香りは柿の中の野生っぽい香りに火を付ける。そしてあふれんばかり口いっぱい広がるミルキーさ。柿の甘さ、麦の甘さと共鳴しあいながら。

 帰りがけ、近くを走っていると、「三角あぶらあげ さとう」の看板が目に入った。油揚げと同じ三角屋根。あぶらあげだけで店が成り立つとはなんたる自信か、と気になって立ち寄った。すぐ食べる旨を告げると、ビニール袋に入れた油揚げに醤油をかけ、七味の瓶を黙って出す。味見してびっくり。こんなにジューシーに豆乳の味わいがとろけてくる油揚げには会ったことがない。腹は自然と決まった。これを麦家のカンパーニュにのせよう。

 油揚げとパン。油がパンの味わいを強める。油揚げの皮と皮が香ばしさで響きあい。豆腐の中身とパンの中身が甘さと甘さで響きあい、両者みずみずしくぷるぷるする。混ざり合い渾然一体となるさまに陶然としつつ、思った。豆腐は豆のパンではないか。

 ますます村田町から去りがたくなった。でも、また食べたくなったら、取り寄せて食べる手もあると自分に言い聞かせた。大きな発酵種のパンは時間が経つと熟成するので、お取り寄せにも向いているのだ。

麦家
宮城県柴田郡 村田町菅生舘52
0224・83・3180
11:00~17:00(土日祝は10:00~。月休[祝日の場合営業、翌火休])
※通販あり

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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