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<39>年末に閉幕、アートを愛する人の交差点

 1960年代から若く才能にあふれたアーティストたちの発表の場として知られる「キッド・アイラック・アート・ホール」が今年12月31日をもって閉館することになった。今年3月に発表されると、SNSを中心に惜しむ声が広がった。

「オーナーから決断を聞いた時は、やっぱりショックでしたよ」

 そう話すのは、同ホールのアートチーフディレクターの早川誠司さん(40)。早川さんが東京・明大前駅にほど近いこのホールを初めて訪れたのは約20年前のこと。ミニギャラリーに興味があった早川さんは、アルバイト情報誌でここの求人を見つけた。

「当時は90年代の小劇場ブーム。ここには下北沢とはちょっと違う、アート的な空気感が漂っていました」

 ここで目にしたさまざまな表現活動はとても刺激的だったと早川さんは振り返る。ホールのオーナーは作家で美術評論家の窪島誠一郎さん(74)。美術、音楽、演劇、舞踏、朗読、映像など、ジャンルを超えた表現活動の場を提供するために1964年に設立したホールには、若くて才能あふれる芸術家が集った。

 2002年に道路建設計画が持ち上がり、現在の場所にビルを新築移転した。新しいホールには小劇場と二つのギャラリーを設け、地下1階にカフェを作った。

「ギャラリーや劇場を訪れる人や芸術家が集まり、何かが生まれる場としてのカフェがほしい」というオーナーの窪島さんの希望を具現化したのが「ブック・カフェ槐多(かいた)」だ。

 店名は絵画や詩作などで卓越した才能を発揮しながらも、22歳で夭折した村山槐多から取った。窪島さんが若い頃、古本屋で槐多の画集を見つけて衝撃を受け、彼に魅了されていたからだった。

 店内には、槐多が残した著作と窪島さんの蔵書約1000冊が並び、デッサンのレプリカなども展示されている。天井近くに採光のための窓があり、店内は柔らかな明るさに満ちている。ただし、外からはこんな場所があるとは想像しづらい。明治大学の学生らが賑やかに行き交う外の世界とは隔絶した空間のように思える。

「たまに明大生らしき人が勇気を振り絞って入ってこられます。ここでいい時間を過ごしてくれたかな、と思いながら見守っています」

 窪島さんから店の運営を一任されている早川さんは、この空間で、アーティストや観客、ふらりと訪れた人など、人と人とのつながりが生まれればと願っている。店内の壁面を展示スペースとして無料で若いアーティストに提供したり、さまざまなイベントを行ったりすることで、アートを愛する人たちのゆるやかなつながりを紡いできた。

 なのになぜ、この空間が幕を閉じてしまうのか? それは、昨年末に窪島さんが病に倒れたことがきっかけだった。今は職務に復帰しているものの、窪島さん本人が閉館を決断した。一度は反対した早川さんも、この空間を創り出した本人がたたむと決めたことには何も言えなかった。

「年末に閉館するからといって、特別に何かをするという予定はありません。今まで通りの事をやりきるのが一番いい。今まで表現者を応援してきた事を、最後まで手を抜かずに」

 閉館した後のことは、早川さん自身わからない。

「何かを終えた後、また何かが始まるとおもうんです」

(次回は5月12日に配信予定です)

おすすめの3冊

ブックカフェ

『どろぼうの街』(画・中村たかし、作・森川武)
キッド・アイラック・アート・ホールで作品を展示したことがある中村たかしさんの絵本。「どろぼうという職業に過度に期待を持たれてしまったら? ということをテーマにした絵本です。仕事や生きること、働くことは何かを問いかけてくれます。自費出版の絵本ですが、お店でも注文をお受けできます」

『生きよ堕ちよ』(坂口安吾)
坂口安吾の人生論。『堕落論』も本書に収録されている。「重たそうに見えますが、読むことで心を軽くしてくれる本です」

『槐多の歌へる』(村山槐多)
夭折した天才画家・村山槐多が短い生涯で残した、詩、短歌、小説、日記を収録。「若い時は苦しんだり、悩んだり、どこに発散していいかわからないエネルギーがあるもの。この本にはそうしたものがいっぱい詰まっています」

(写真 山本倫子)

    ◇

ブック・カフェ槐多(閉店)
東京都世田谷区松原2-43-11

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<38>鎌倉に引きつけられた人をつなぐ場に

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