花のない花屋

白血病で天国に行った娘、つながりが支えに

  

〈依頼人プロフィール〉
山口江美さん 38歳 女性
愛知県在住
パート

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娘が中学1年生の時の夏、「足がだるい」「食べ物が飲み込みづらい」と言い始めました。おかしいなとは思いましたが、運動部に入って疲れがたまっているのだろうと思っていました。そして夏休み直前に発熱。風邪の症状などはないのに熱だけが下がらず、かかりつけの病院へ行ったところ、「体内に炎症反応がある」とのこと。すぐに紹介状をもらい、大きな病院へ行きました。

すると、そのまますぐ入院に。なんと白血病であることが判明したのです。それから9カ月間、娘は抗がん剤の治療とさい帯血移植を受けました。当然髪の毛も抜けますが、ショックを受けるんじゃないかと心配している親の横で、本人は「どうせまた生えてくるでしょ」とけろり。何があっても弱音を吐くことはなく、いつも明るく他人を気遣っていました。

退院して登校できるようになったのは、中学2年のGW開けのことです。ただ、抗がん剤の副作用で娘は遺伝性の難病、シャルコー・マリー・トゥース病を発症しており、足が変形して歩行が困難になっていました。それでも娘は学校が大好きで、足を引きずりながら登校していました。

そして中学3年の5月末。再発が発覚しました。ずっと前から楽しみにしていた修学旅行目前の出来事です。娘は外来診察で「問題ない」と言われて帰宅したのですが、翌日先生から電話があり、「その後のデータを見たら怪しい細胞が増えている」との連絡が。うれしそうに旅行の準備をしていた娘に伝えるには、本当につらすぎる言葉でした。

結局、修学旅行にはなんとか参加しましたが、最終日に発熱。そのまますぐ入院に。すぐに治療を開始するも、副作用で肝機能が低下。治療続行が困難になりながらも症状は安定し、再開の兆しが見えた矢先、様態が急変し、敗血症で心肺停止。修学旅行へ「行ってきます!」と家を出て、そのまま帰宅することなく、7月19日に永眠しました。

お葬式にはたくさんの友だちが会いにきてくれました。最期の顔が本当にきれいな笑顔だったことが私の救いです。せめて、最期は苦しまずに眠れたのなら……。

翌春の卒業式には先生が遺影を持って参列し、友だちが娘の卒業証書を手作りで作ってくれました。あれから3年。今なお深い悲しみは消えませんが、娘の同級生や病院で出会った仲間たちなど、娘が残してくれた人とのつながりに支えられています。

そんな娘へ、ありがとうの気持ちを込めて花束を贈りたいです。以前、私の誕生日に「好きな花を教えて」と言われ、「フリージア」と答えたことがあります。夏だったので見つからず、「探したけれどなかった。ごめんね」と言われたことを今も覚えています。娘は、ひまわりなど黄色やオレンジなど明るい色の花が似合う感じです。どうぞよろしくお願いします。

  

花束を作った東信さんのコメント

読んでいてとても切なくなりました。お子さんの死というのは本当につらく、受け入れがたいものがあります。どうしてそうなってしまったのか、言葉が適切かどうかわかりませんが、神様を恨みたくなってしまうのではないでしょうか。「人間みんないつかは死ぬ」などとわかったようなことは言えません。そんなのでは割り切れない。言葉なんて出てこない。でも、だからこそ花がその代わりになるのかもしれません。

今回は、エピソードに出てきたフリージアとヒマワリをメインにして、全体をイエローとオレンジでまとめました。使用したのは、バラ、カーネーション、ラナンキュラス、マリーゴールドなど。エピデントラムは、濃いイエローと薄いイエロー、オレンジの3種類を入れています。ガーベラは、アクセントとしてオレンジが少し入ったものを選びました。リーフワークはドラセナの葉。“ビロード”という折り方でたくさん重ねてボリュームを出しています。派手な黄色というよりは、背筋が伸びるような、きちんと形を整えたアレンジにしました。

僕らもふだん花屋でいろいろな花を作ります。花は人生の節目節目に贈られるものであり、花屋という仕事は人の人生に寄り添うもの。僕がなぜ花屋を続けているかというと、言葉に表せない表現が大切だと思うからです。いつも贈り手の想いを背負って、花束を作らないといけない、と肝に銘じています。

おこがましいけれど、このお花を見て、少しでも元気になったり、前へ踏み出す一歩になってくれたら、それ以上の喜びはありません。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

白血病で天国に行った娘、つながりが支えに

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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