このパンがすごい!

九条ねぎ、七味…京の味覚を包み込む、はんなり総菜パン/クロア

このパンがすごい!

古い足踏みミシンの台にパンが並ぶ

■クロア(京都)

 京都市の北端、金閣寺近く。北山通りから坂を上がって鷹峰に至る。左大文字山の裾野が路地の向こう側に迫る。老舗の漬物屋の木造の店舗が並びにあるような趣き深い界隈(かいわい)に、何度も通いたくなるパン屋がある。

 クロアでは、季節の野菜や京名物をパンに混ぜ込む。素材のおいしさと、生地のやさしいテクスチャ、そこに前田シェフのセンスが相まって、京都らしい、はんなりとした総菜パンができあがる。

 れんこんのパンとはどういう味なのか、興味とともに手にとった。表面にまぶされ強く焼かれたチーズの激しい香ばしさは序章に過ぎない。生地が溶けるにしたがいミルキーな甘さが遅れて広がったかと思うと、さくさくとみずみずしいダイス状の物体がさくさくと音を立てる。これがレンコンだった。和の文脈から引き離され、チーズの甘さとハーモニーを奏でるとき、レンコンの新しい魅力が再発見されるのだ。

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ブロッコリーのパン、オニオンベーコン、ハムと九条ねぎのブリオッシュ

 ハムと九条ねぎのブリオッシュは、ふさふさとした生地が唇に触れる感触が気持ちいい。パン屋の作る和製ケークサレ(塩味のケーキ)。このパン独特の、バターと卵の愉楽のうちに浮び上がる九条ねぎ。辛みを含んだ癖のあるスパイシーな香りが放たれる。癖は癖を呼び、熟成のきいたチーズやハムのフレーバーとすばらしく合う。

 れんこん然(しか)り、九条ねぎ然り。クロアのパンに出会った和の素材は、私たちがそれまで抱いていたイメージを覆すような表情を見せる。

 トゥルヌ コンテチーズ+七味がそうだ。西陣・長文屋の七味が12ヶ月熟成のフランス産コンテチーズと邂逅(かいこう)するとき、唐辛子は和のスパイス、山椒(さんしょう)は和のハーブ、ゴマや麻の実は和のシリアルとして香ってくる。想像した以上の豊かなニュアンスとともに。鼻腔(びこう)を刺すほどに痛烈なコンテのフレーバーを和ませるのだった。このパンの生地はカンパーニュ。ひねって成形した生地の、外側のぱりぱり感、中身がもろもろと溶け崩れる感じに絶妙なコントラストがある。

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カレーパン

 もうひとつすごいパンがある。カレーパンだ。このカレーフィリングは甘い。じゃがいもパン特有のぷるんとした生地から、とろんとしたフィリングが舌の上に落ちる。挽肉のつぶつぶに舌をくすぐられながら、ダシ感とも野菜の甘さとも旨味とも感じられるものが甘美に口の中を満たす。

まるで京のおばんざいを食べているようなやさしい味わい。やがてすーすーとスパイスの風が吹いてくる。それに、フィリングとパンがぴたりと寄り添っている。カレーにつきもののじゃがいもが生地に練りこまれて味の相性がよく、さらにカレーパンらしからぬぷるるんとした食感が後を引かせる。

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カレーパンを切断したところ

 どれもこれも、クロアのパンが持つ不思議な、やさしい食感。たとえば、先述したれんこんのパンは、フォカッチャ生地がむにゅーんとゆっくり弾む。引っ張るとびよーんとしなやかに伸び、そうかと思えばあっけなくはかなくちぎれるのだ。

 「フォカッチャはなるべく練らないようにしてます。どろどろした感じ、グルテンがまったくつながってない感じ(で混ぜるのをやめます)」

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クロアのパン売り場とマダムの前田さん

 クロアでは、特にハード系のパンにはたくさんの水を入れ、あまり練らずに生地を作る。そのいくつかはミキサーも使わず、手ごねするのだという。粉と水を合わせるだけで長時間置き、生地自ら育つのを待つ。そうすることで、あのやさしい食感は生まれる。

 私はクロアにくると、トングを取るのも忘れ、パンのはんなりとした様に見惚(ほ)れてしまう。たとえばリュスティックの皺(しわ)に。水分が多く実にやわらかくなければそんな皺はつかないものだ。あるいは、シンプルな形。円形に丸めただけの、一見してどれがどのパンか見分けがつかないほど単純な形は、あれこれいじって生地を痛めたくないという心遣いを表わしてはいないか。 

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トゥルヌ コンテチーズ+七味

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外観

クロア
京都市北区鷹峯藤林町6 長八館1F
075-495-6313
9:00~18:00(火・水曜休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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