このパンがすごい!

パンも料理もデザートも 超人シェフの「パン屋バー」 / ジェルメ

このパンがすごい!

生しらすのカナッペ

■ジェルメ(京都)

 おしゃれなワインバーにしか見えない。でも、おばあちゃんや子供までパンを買いにくる。カウンターでちょっと一杯、ワインやコーヒーを飲むのもいいし、夜は本格的な料理とデザートをパンといっしょに食べられる。ほぼひとりで、料理に接客にパンの製造と販売に……とてんてこまいの岡本幸一シェフは言う。

 「ワインバーではなく、パン屋バーです」

 パン屋バーの本領とは。目の前のオーブンからパンが焼きあがった瞬間、「あれ、ください!」と指名買いしてカウンターで食べることだ。クロワッサンが焼きあがる瞬間、店内に満ちるのはキャラメルの香り。

このパンがすごい!

クロワッサン

 「大事なのは『焼き』。焦げる寸前がうまい。クロワッサンは10秒20秒で変わるから、オーブンに張りつかなあかんのです」

 焦げるぎりぎりに焼いたクロワッサンの皮はキャラメルの香りがする。熱々のクロワッサンは割れ方も半端ない。ばりばり皮が割れた瞬間、バターの甘き熱風が、クロワッサン内部から口へと吹き込んでくる。エアリーである。そして、層の一枚一枚が舌にまとわりついて、生々しいバター感がじゅっととろけていく。とともに、キャラメルの香ばしさもあるという二段攻撃。

 料理のように、皿盛りのデザートのように、パンを作る人だ。華があり、贅(ぜい)があり、バランスと構成力がある。私を狂わせたのは、レモンとクルミのカンパーニュだ。もっちりとして、しっとりして、しかし軽やかな、中身のこの感じ。いい意味での生々しさ、粉っぽさを感じ、味わいに満ちている。ときどき全粒粉の粒を噛むと濃いフレーバーが炸裂(さくれつ)する。中からはごろごろと塊でおいしいレモンピールとクルミが出てくる。特にレモンピールはフレッシュさを残し、柑橘の香りにエッジがあり、苦みと酸味とやさしい甘さが並び立っている。

このパンがすごい!

レモンとクルミのカンパーニュ

 テイクアウトだけでもいいけれど、満喫するなら、夜カウンターに座ることだ。京都近郊でとれた野菜、魚。その日その日で手に入る最高の食材から、お客さんの顔を見つつ、当意即妙に作りだす料理とパンとワインの組み合わせ。

 「今日のジェルメを一皿で表わすパンを出してください」と突然の質問を投げてみた。しばし、宙を見つめ考えると、おもむろにバゲットを手にとってスライスしはじめる。冷蔵庫から出した、白くつやつやしたにんにくを見せ、「これ、新にんにく。きれいでしょ」。カットしてパンにのせ、オリーブオイルを垂らしてオーブンへ。できあがったガーリックトーストに光り輝く半透明のしらすをのせて、大葉と花山椒をトッピング。付け合わせのサラダもどっさりと盛って一皿が完成、ワインとともにカウンターへ。無茶振りへの答えは「生しらすのカナッペ」だった。

 おいしいのは、出されたこの瞬間。マッハの速度で写真を撮り、カナッペを口へ。花山椒のフローラルな風が吹き、しらすを噛むとぴちぴちっと跳ねたような気がし、にゅるっと舌に触れ、じゅるっと生命そのものの液体がひたひたと流れ出る。パンのかりかり感、新にんにくのえぐみもないひたすらな甘さ。思わず笑みがこぼれる。

このパンがすごい!

オーナーシェフの岡本幸一さん

 数組の客からの注文をアスリート並みの敏捷(びんしょう)さと真剣さでこなしながら、客が口に運ぶ瞬間を、岡本さんはしっかり見ている。私が笑いを漏らすのを見て、してやったりとにやりとする。

 きっとそのためなのだろう。岡本さんがパンも料理もデザートもワインもと、スーパーマンさながらにマルチタスクの獅子奮迅をつづけるのは。この日のメニューには、うなぎの白焼きまでがあった。注文されてから、うなぎを取りだしてさばきはじめたので、カウンターの客が驚く。炭火をおこして目の前で焼きあがる。もうもうと煙を上げ、店内に匂いをふりまきながら。

 「うなぎ焼くパン屋さんなんか、他にいないでしょ」といたずらっぽくまた笑う。
 新幹線の時間があり、うなぎは口にせぬまま、カウンターを立った。このリベンジは必ず…と思うのは毎度のこと。かくしてリピートが止まらない。

このパンがすごい!

イベリコ豚のカツレツ。季節のたけのこのフリットを添えるのがジェルメ流

このパンがすごい!

窓ガラス越しにパンを見て注文、テイクアウトする

このパンがすごい!

外観

ジェルメ
京都市左京区浄土寺西田町3
075-746-2815
パン販売 12:00~18:00
ランチ 13:00頃~16:00
ワインバー 18:00~
(月、第2・第4火曜休)
※食事利用の際は要予約

<よく読まれている記事>
京都のパンシーンに刺激、先端的理論のベーカリー/ファイブラン
気分はパリの朝食 魅惑のぷにっと感のクロワッサン/PATH
泊まれる京町家『つきひの家』宿泊者だけが受けられる朝食サービス/オートリーズ
このパンに仕掛けあり、職人技と材料がうむダブルインパクト/セテュヌ ボンニデー
朝も夜も、食欲そそりまくりのサンドイッチ食堂/レフェクトワール

<バックナンバー>
まとめて食べたい!「このパンがすごい!」記事一覧
地図で見る

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

九条ねぎ、七味…京の味覚を包み込む、はんなり総菜パン/クロア

一覧へ戻る

バゲットのみで何でも作るストイシズム / sonka

RECOMMENDおすすめの記事