東京の台所

<118>姉と弟、20年ぶり一つ屋根の下

〈住人プロフィール〉
会社員・39歳(女性)
賃貸マンション・2LDK・山手線 御徒町駅(台東区)
築年数2年・入居7カ月・弟(会社員・34歳)とのふたり暮らし

    ◇
「え、男でなく弟さんと? いまさら?」
 同僚にも驚かれたが、自身でも驚いているという。故郷の福島で家族と暮らす5歳下の弟が、昨年突然、東京転勤になった。単身赴任で一から家財道具を揃えるのは大変だ。毎週末新幹線で福島に帰るので、東京駅界隈がいい。しかしそのエリアは10万円出してもワンルームかせいぜい1DKでたいした部屋を借りられない。
「単身赴任の間だけ一緒に住もうか?」「うん、そうしようかな」
 自然な流れで、山手線の御徒町にあるマンションを借りることになった。住人は、18歳で上京。建築を学んだ大学時代も含め、祐天寺、学芸大学とずっと目黒区で過ごしてきた。
「まだ7カ月ということもありますが、街にはいまだに慣れませんね。スーパーや商店街もない。クリーニング屋さんがないのはとくに困りますね。ただ2人の予算を足すと、駅近の2LDKも容易に探せます。とにかく広いキッチンのところに住みたかったので、今の間取りや部屋はとても満足しています」
 まさかひとり暮らし20年目にして、山手線の東側に弟と暮らすことになろうとは。しかし、期間限定だからこそ楽しんでしまおうという遊び心も垣間見える。
「これまで、東京駅というのをちゃんと見たことがなかったので、改めて見直すと本当に美しい建物だなあと感動しますね。地下鉄の駅もたくさんあって有楽町駅なんて、どこにでも行けて本当に便利!まだお客様気分で街を探検中です」
 弟が中学生のときに、彼女は進学で上京しているため、ふたりが一つ屋根の下で暮らすのは前述の通り20年ぶりである。ところがどれほど歳月が経っていようと、そこは肉親の快適さで「意外にすんなり生活リズムがつくれた」とのこと。
 元々料理好きだが、ふたり暮らしになって料理の回数が圧倒的に増えた。弟が外で食べるのが好きではないからだ。
 煮物は休日にまとめて作る。ちなみに今日の冷蔵庫に入っていたのはほたるいかだ。昨日は刺し身にして食べ、今日は竹の子と菜の花と炒めるつもりだという。
「こういう食材もひとり暮らしだと1パックは多くて買わないのですが、ふたりだと迷わず買える。煮物も鍋いっぱい作れるのがいいですよね」
 失敗しても気を使わない。
「今日のはイマイチなの、私もわかって出してるから。でもできちゃったしね。食べて、といって出します。弟も別に意に介さないですね」
 きょうだいっていいなあと、うらやましくなった。夫婦や同棲カップルだとこうはいかないだろう。
 一度遊びに来た弟の嫁からは、「お姉さんのおかげで人間らしい生活ができてよかった。ひとりにしておいたら何を食べるか心配だったんです」と感謝された。

 越してきたとき、弟が一足早く入居した。翌朝電話をすると、彼は驚きの声で報告した。
「うちの窓の向こうが会社で、朝から仕事をしている人と目が合うんだけど」
「まあ、しょうがないよ。この場所なんだから」
 福島から上京し、いきなりオフィス街に居を構えることになって戸惑う弟に姉は声をかけた。
 2年か3年かはわからないが、都会の真ん中で、故郷の匂いをまとう人と暮らす経験はだれにもあることではない。どうか存分に楽しんでほしいと思った。
 無機質なコンクリートの固まりに見えるビルの窓一つひとつに、それぞれの物語があり、彼女みたいにきょうだいで身を寄せ合う人もいる。それぞれのドアを叩いて家族の物語を聞いたら楽しかろうと思いながらふたりの部屋をあとにした。私も長野に暮らす妹に会いたくなった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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