このパンがすごい!

バゲットのみで何でも作るストイシズム / sonka

sonka(東京)

 「今の僕の全てです」
 とバゲットのプライスカードに書かれていた。ストイシズムと潔さが私の心に刺さった。sonkaの村山大輔さんはバゲット生地しか作らない。
 斬るか、斬られるか。退路を断ち、作り手が自分のすべてを懸けてパンを作ってくれた。私も真剣にバゲットを食べるしかない。
 ばりばりばり。皮が爆裂した。薄く、板のように硬く、だからこそ歯を立てただけで、連鎖的にひび割れが起き、割れていく。それは豊かにシリアルのような甘さを含んでいて、よく火の入った底面に近づくほどいっそうの甘み、渋みを加える。反対に、中身はやわらかく唇を撫(な)でる。その繊細で心地いい溶け味は「麦のミルク」と呼びたくなるような、国産小麦らしいやさしいニュアンスを含む。かすかだと思われたそれは、食べ進むほどふくらんで、口をいっぱいに満たすのだ。
 カウンターから村山さんがバゲットを作るところが見える。細長く成形され並べられた生地にクープ(バゲット表面にある切り込み)を切り、スリップピール(生地をオーブンの中に入れる道具)を持ち上げてオーブンの中に滑り込ませる。店内にはパンの焼きあがる香りとともに、真剣勝負の気が充満している。
 甘いパンも、おかずになるパンも、メニューはなんでもバゲット。バゲット一本でさまざまなおいしさを表現する独自のスタイルに至った理由とは。
「バゲットというシンプルなものでバリエーションを作れないかと考えました。僕はなんでも作れる人間じゃない。それを強みに変えていく」
 たとえば、バゲットショコラはただバゲットにチョコレートをはさんだだけ。これも具とパンの一対一の勝負なのである。チョコのほろ苦さと皮の香ばしさが響きあい、溶けだせば、チョコの甘さと麦のジューシーな甘さがとろけあい、混じりあう。皮、白い中身、チョコレートと、三つの甘さが三重奏となる。
 焼きそばフランス。黒板にそう書かれているのに目が吸い付けられた。けれど売り切れで食べることはかなわず。3度通ってやっと口にした。
 あたためられて、皮の爆裂度合いも、麦の香りの濃密さもアップしたバゲットに、ソース焼きそばがはさまれている。硬い皮はばりばりと割れ、その下で麺がぷにゅぷにゅぷっつりと跳ねつつちぎれている。ソースのフルーティーにしてスパイシーなあの香りに皮の香ばしさが挑みかかるのを、中身の白い味わいがまあまあとなだめすかし、フランスと日本は見事に融合されたのだ。
 「1カ月だけ勤めていたブーランジュリー(フランスのバゲットを東京で再現するコンセプトの店)があります。バゲットを食べて『おいしいな、こういうのを作りたい』と思っていました。でも、作っていたのはサンドイッチ。同じ厨房(ちゅうぼう)で、地下にある系列店(コッペパンやあんぱんなどレトロなパン専門店)の焼きそばパンも作っていた。なんでこの焼きそばをバゲットにはさまないのかな?」
 かくして、バゲットと焼きそばは一体になった。バゲットも日本の食生活も愛(いと)おしむ私たちにとって必然のハイブリッドなのかもしれない。
 sonkaにはいつも音楽が鳴っている。元ミュージシャンだった村山さんが音楽の次に選んだ表現手段がパンである。最初に勤めた店で配属されたのはフランスパン部門。ずっとバゲットのことを考えつづけた。粉と水と塩と酵母。もっとも単純な材料で作られるバゲットはそれだけ作り手の味が出やすい。バゲット=自分。村山さんはバゲットを焼きながら静かに自分と戦っていて、だからsonkaの空気はあんなに張りつめているのかもしれない。

sonka
東京都杉並区成田東2-33-9
03・5913・8551
10:00~18:00(火木休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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