book cafe

<41>元SEのマスターが始めた「隙の多い店」

<41>元SEのマスターが始めた「隙の多い店」 

「ITシステムの構築は、プログラムを組んで、バグが見つかったらそれを潰し、完成に近づけていく仕事です。バーの仕事もそれに似たところがあるかもしれません」

 そう話すのは、東京・市ヶ谷で「Cafe & Bar TANGRAM」を営む樋口靖さん(48)。昨年4月に店をオープンする前はSEをしていた。昼夜を問わず仕事に追われる毎日が常態化しているこの業界は、年を重ねるごとに体力的に厳しくなっていく。さらには母の介護が必要となり、樋口さんは気力や体力のあるうちに、人生の新たな道筋をつけたいと考えるようになった。

 「自分のペースでできる仕事。母の介護との両立。SE時代も役立っていたコミュニケーションスキルを活(い)かせる仕事を考えた時、バーを営むという道が見えてきました」

 元々お酒を飲むのが好きで、いろんなバーに通っていた樋口さんは、客が近寄りがたいお店にしたくはないと思った。居心地のよかったバーを思い返した時、そこには“隙”があることに気づいた。

 「モノが雑然と置かれていて、“隙”の多い店は秘密基地みたいで居心地がいい。それに、小さなバーの売りはマスターのキャラクター。客にとってマスターとの会話のきっかけになるような“隙”を店内にちりばめる必要があると思ったんです」

 樋口さんが自分の店にちりばめた“隙”は本だった。年齢や性別を問わず語ることができ、ニッチな好みが合えば異様な盛り上がりにも発展する。手作りの書棚には、樋口さんが好きな山田風太郎やレイモンド・カーヴァーの小説や、荒木飛呂彦の漫画などが並ぶ。年季の入った本の数々から、樋口さんが若い頃から少しずつ集めてきたという歴史もにじみ出る。

「本の品ぞろえは骨があってマニアックなものを中心にしています。まずは本をきっかけにして、次からは友達を連れて来てもらえたらいいと思ったけど、一人で来たがる人が多いので、少し読みが外れましたね(笑)」

 実際、一人で来店し、本の世界に没頭する客は多いという。

 「店内の本は飾りじゃないので、どんどん手にとって読んでもらいたいんです。“隙”として置いているんだから役に立ってもらわないと!」

 将来的な不安と母の介護から始めたバー経営だが、「ストレスはSE時代の1/100」という樋口さん。サラリーマン時代、さまざまな人たちと接してきたが、バーカウンターの中に立つようになった1年間の方がはるかに多彩な人たちと出会っているという。

 オープンから1年が過ぎ、さまざまなトライ&エラーを繰り返してきた。プログラミングに似ているようで似ていないのは、相手が人であり、型にはめられないというところかもしれない。

 「飲食業の経験がなく、失敗できないからこそ自分なりに考えるしかないんです。全部が自分の予想通りに進めば気分がいいけど、そうじゃなかったこともたくさんありますよ。でも、何でうまくいかなかったのか、解決策を考えるのも楽しいんです」

■おすすめの3冊

ブックカフェ

「人間臨終図巻」(山田風太郎)
古今東西のさまざまな人の死に様を、死んだ年齢順に集めた図巻。「僕の座右の書。萩原朔太郎の次がヒトラーだったり、キリストの次が坂本龍馬だったりと死んだ年齢順って暴力的にもほどがあるけど、そこが山田風太郎らしさ。一家に一冊置いておくべき本です!」

「吉田さん危機一髪」(とり・みき)
平凡な女子高の校長には、かつて、腕利きのスパイだったという過去があった……。とり・みきさんの80年代の代表作の一つ。「引退したはずなのに難事件が発生するとMから緊急指令がきて、Qの用意する秘密兵器を引っさげて悪と戦い続ける。007パロディー漫画の傑作です!」

「風雲児たち」(みなもと太郎)
関ヶ原の合戦から幕末の五稜郭陥落までを描く大作で、現在も「幕末編」が連載中の漫画。「さまざまな視点から人と人との歴史を語っていく手法が素晴らしい。ギャグマンガなのに油断していると感動させられてしまいます。日本史を学ぶ子どもたちにもおすすめです」

(写真 石野明子)

    ◇

Cafe & Bar TANGRAM
東京都千代田区九段北4-1-16

>>写真特集はこちら

>>book cafeまとめ読み

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<40>現実をしばし忘れて… 銀座の地下の幻想空間

一覧へ戻る

<42>「好き!」を究める楽しさを メイドたちの私設図書館

RECOMMENDおすすめの記事