鎌倉から、ものがたり。

初夏の夕暮れ、“隠れ家キッチン”に迷い込む「WanderKitchen」

初夏の夕暮れ、“隠れ家キッチン”に迷い込む「WanderKitchen」

 暮れそうで暮れない、初夏の夕暮れ。鎌倉駅西口・御成商店街の路地裏に、不思議な看板を見つけた。「WanderKitchen」……。未舗装の細長い小路の先に、雰囲気いっぱいの民家が、たたずんでいる。駅に近い場所なのに、観光客が行き交う表通りの喧噪(けんそう)からは遠く、昭和時代にくらっとタイムスリップした感覚に包まれる。

 築40年の木造家屋を改装した店は、世界の日常料理を供するラウンジ&レストラン。玄関の脇にあるポーチから中に入ると、外光がたっぷり入るハーフオープンのダイニングルーム、その奥にある秘密めいた小部屋、そして2階のワンルームと、趣が異なった3つの空間が訪れた人を迎える。

 それぞれの空間は、アメリカ西海岸やアジアで買い付ける家具とともに、創意あふれる内装が施されていて、部屋を移動するだけで、まったく違う国を旅しているような気分になる。ポップでキッチュな空間に身を置くと、デヴィッド・リンチやティム・バートンの映画も脳裏によみがえってくる。都市や消費文化と、その対極にあるサブカルチャーのさまざまな断片が、ほかにはないバランスでひとつのワールドを形作っている様子は、まさしく「ワンダー」そのものだ。

 しかし、ワンダーキッチンの“ワンダー”は、「不思議」の「Wonder」ではなく、「さまよえる」の「Wander」。このネーミングにこそ、店のユニークなあり方が象徴されている。

 ワンダーキッチンは、鎌倉の御成通りを中心に、アジアの雑貨ショップ、ヨーロッパの古着を扱うブティック、ハンバーガースタンド、ゲストハウスなどを展開する「ワンダーキッチン・プロジェクト」の中心となる店だ。シェフとして料理に腕をふるう黒澤邦彦さん(58)は、プロジェクト全体の統括プロデューサーでもある。

 大学で仏文学を専攻した黒澤さんは、「言葉」「比較文化」「博物学」に傾倒するクリエーター。古楽器演奏家の顔を持ちながら、通信社の校閲記者、グラフィックデザイナー、制作プロダクションや雑貨メーカーの経営と、興味のおもむくまま、多彩な仕事を手がけてきた。鎌倉で初代のワンダーキッチンを開いたのは2006年。長谷に「隠れ家カフェを開くこと」という、変わった条件が付いた古民家を見つけたことがきっかけだった。

 「タイ、ラオス、ネパールあたりを旅すると、お金をかけずに民家を改装した飲食店や雑貨店があって、地元の人や観光客でにぎわっている。ちょっと薄汚れた感じで、壊れかけていて、パースペクティブも完璧じゃない。でも、そこに空気の抜けのよさがあって、日本でもこういうことができるといいのに、と、ずっと思っていたんですね」

 黒澤さんのミクスト・カルチャーの感覚に、鎌倉の街の“古くて新しい”雰囲気はフィットした。ほっとなごむ木造の家で、エスニックな家庭料理を出し、毎週末に音楽ライブを催した店は、隠れ家カフェの先駆として大人気になる。しかし、観光客が押し寄せて、ローカルのニーズに そぐわなくなったことで08年にいったん閉店。次に大町・長谷周辺で、雑貨店や総菜店など数店舗を展開しながら、 「湘南生活を満喫するための小売店、飲食店のネットワーク」としてワンダーキッチン・プロジェクトを徐々に本格化。12年に御成町で「まるまる改装自由」という、現在の一軒家を見つけて、ワンダーキッチンを再開した。

 プロジェクトは、営利を第一とするのではなく、今を生きる人たちのライフスタイルにインスピレーションを与えることが、大きな目的だ。アジア雑貨店の「スークスークスーク」や、タイのデザイナーの服を中心にした「ジェンテコ」など、各店は個人営業の独立採算制。会社組織はあえて持たず、任意組合方式で全体を回している。

 「それぞれの店に不具合が生じた時は、互助の精神で補完し合うという、有機的でファジーなつながりで成り立っています。それを先端ととらえるか、前時代的な古臭い事業形態と認識するかは、それぞれの見解によって、違ってくることでしょう。でも、ヒューマンリソースを最大のよりどころにして、スピーディーに事業を展開するためには、この形は実に身軽で機能的です」

 黒澤さんはシェフ、プロデューサーであると同時に、戦略家でもあるのだ。(→後編に続きます

WanderKitchen(ワンダーキッチン)
神奈川県鎌倉市御成町10-15

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

希少なコーヒーを、夜のカウンター席で「スターバックス コーヒー 鎌倉御成町店」

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