このパンがすごい!

挽きたての地元小麦が香り立つ/いちかわ製パン店

このパンがすごい!

店内

■いちかわ製パン店(福岡)

 焼きたてのパンの香り、といって誰もが想像するのは「香ばしさ」であろう。褐色に焼けた皮が放つ誘惑的な香りに勝るものはない。いちかわ製パン店のパンが放つ香りはそれとはちがっていた。新鮮な小麦粉に水を合わせたときしてくるような生々しい「粉の香り」が、皮の内側の白い中身から湧きだしているではないか。小麦のポテンシャルを最大限に活(い)かさなければこんな香りはしない。私は仰天しつつ、いざライ麦食パンに食らいついた。

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ライ麦食パン

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ライ麦食パンの断面

 そこで待っていたのは、二度目のびっくりだ。なんとうっとりさせるライ麦の香り。うつくしく軽やかで、まるで香水でも嗅ぐように感じられたのだ。そして、もちもちした食感の心地よさ。歯を包みこみ軽く吸着するかのような。みずみずしさと相まって、つきたてのもちのようなのだ。溶けはじめると、再びあの「粉の香り」が鼻へと抜けてくる。フレッシュかつ繊細な香りのエッジをともなって。

 なぜこんなパンができあがるのか。私は断面を見つめる。普通の食パンは気泡が細かい。ところが、これは気泡が大きく縦に伸び、バゲットかリュスティックのようだ。そして、たくさんの水分を含んで、きらきら輝いている。

 市川シェフは約20時間の発酵をとる。パン酵母はごく少量か、前日の残り生地(老麺)を種として使う。ミキシングは少なくする。そして、たくさんの水を入れて生地を伸びやすくし、口溶けよくする。つまり、小麦をやさしく扱い、なるべく本来持っている風味をパンとして引き出そうとしているのだ。

世界美食紀行

ミナミノカオリ(右)とロデブ。すてきな器に盛られて

 ミナミノカオリという名のバゲットは異次元だった。バゲットなのに「尖(とが)り」の要素が一切ない。硬さを予期しつつ噛(か)めば、ぽわーんと牧歌的に弾んで、やわらかさに癒やされる。皮目から漂うシリアル的な香りもフレッシュでやさしく、軽やかである。そして、ここでもまた「粉の香り」に出会う。中身を咀嚼(そしゃく)する前から、もうその香りがしはじめている。そして、唾液(だえき)がまわって甘さがあたたまると、いよいよ「粉の香り」は発揮しはじめ、香りの微粒子が口の中で飛びまわっているかのように思われる。

 ミナミノカオリとは九州産の小麦品種の名前で、八女という町にある梅野製粉のものを使っている。もともと水車小屋からはじまったこの会社は現代に生きる粉挽(ひ)き小屋。地元の小麦の毎年毎年の変化に職人技で向き合いベストの製粉を行う。ミナミノカオリは、石臼で挽かれたものが新鮮なうちにベーカリーへと届けられる。まさに職人が最高の状態で小麦から粉、そしてパンへとリレーするからこそ、この香りを私たちが楽しめるのだ。

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ミナミノカオリ

 さらに、私のブリオッシュ常識を華麗に覆してくれたパンがある。有機しょうがとホワイトチョコのクラミック。このしっとり感となめらかさはまるでブリオッシュらしからぬものだ。シルキーで、どこまでもソフトに舌をさするのである。そこへ、つぶつぶしたものを噛む。あまりにミルキーでナチュラルな香りなので最初はわからなかったがホワイトチョコであった。卵の香ばしさやバター感といっしょに溶けて天国のハーモニーを奏でる。そこへ、ぴりぴりしたなにかが接近してくる。しょうがであった。そのフレッシュさで上述した甘さの輪郭を見事に描き、さわやかなものへ変えている。

 お店は九州・小倉にある。目抜き通りでもなんでもない住宅地。小高い山を目がけて上がる坂の途中にかわいい店舗がある。いつも行列ができて、パンはお昼にはなくなる。マダムの結衣さんはひとりひとり話しかける。子供の話、天気の話……。お客さんはゆっくりパンを選ぶし、後ろのお客さんもまるで急(せ)かさず、のんびりと待っている。お客さんも好ましい、いいお店だ。

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食パンと田舎パン

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マダムのいちかわ結衣さん

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有機しょうがとホワイトチョコのクラミックの断面

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包装の結び目がうさぎの耳みたいに

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外観

■いちかわ製パン店
福岡県北九州市小倉南区葛原高松1-1-24
093-475-1255
9:00~売り切れ終了(月火休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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