花のない花屋

天国の母に伝え続けたい「ありがとう」

  

〈依頼人プロフィール〉
横山英子 53歳 女性
東京都在住
会社員

    ◇

母はいくつになっても少女のように純真で、愛らしい女性でした。パートとして百貨店で働きながら、両親、姉、姑、夫、子どもたちの面倒に明け暮れ、自分自身の時間などなく大変だったはずですが、いつも惜しみない愛情で私たち3人きょうだいを育ててくれました。

少女のまま大人になったような母でしたが、困っている人に対してはまったく躊躇(ちゅうちょ)せずに手を差し伸べるところがありました。お祭りなどで浴衣の着方が間違っている子どもがいれば、すぐに駆け寄って着せ直してあげたり、重い物を持っている人がいれば、「手伝ってあげて」と兄に声をかけたり。すぐに行動できる、揺るぎない正義感がありました。

また、何かをプレゼントすると、まるで子どものように跳び上がってよろこび、満面の笑みで感謝をしてくれたものです。娘から見ても、本当にかわいらしい人でした。

72歳で水泳とフラダンスに出会ってからは、たくさんの仲間ができて、「ようやく自分のために生きられるわ」と、とても楽しそうでした。それまでダンスなど踊ったことのなかった母ですが、フラダンスの華やかな衣装がうれしかったようで、はにかみながらも衣装を着てみせてくれたり、踊りを披露してくれたり。「これからは元気にフラを踊って、仲間たちとおいしいお食事に行ったりするの」と、毎日笑顔で過ごしていました。そのときが母にとって人生で一番楽しく、充実した時間だったかもしれません。

でも、そんな時間は長くは続かず、73歳でがんを発病し、腎臓を一つ切除することに。順調に回復したものの、3年後に転移。厳しい治療が続き、80歳で命をかけた大手術をしました。再発は母の生きる意欲を徐々に奪っていきました。

晩年の3年間、生まれてからずっと母と暮らしていた私は、仕事と母の世話に明け暮れました。過酷な状況になっても私が母の世話ができたのは、母がくれた無償の愛と、母の生きる姿勢、心情を理解していたからです。

母が他界して5年。今も悲しみは癒えず、空を見上げては「お母さん、いろいろとありがとう」とつぶやいています。そんな母へ、改めて感謝の花を贈りたいです。

母はお花が大好きで、庭にはいつもたくさんの花を植えていました。秋になると、春に向けてたくさんのチューリップの球根を一緒に植えていたものです。思い出のチューリップを使い、元気が出るような個性的な花束を天の母に作ってもらえないでしょうか。

  

花束を作った東信さんのコメント

この季節、残念ながらチューリップがなかったので、代わりに“チューリップシード”を7つ入れてアレンジしました。チューリップシードとは、チューリップが咲いたあとに残る雄しべが膨らんで成長したもの。通常のチューリップとはまったく違う姿形ですが、花材として使われています。

全体のイメージは元気の出る初夏の庭。レースフラワー、千日紅、ナズナ、グリーンベル、カンガルーポーなど、薄めのグリーンを重ね合わせ、風にそよぐような庭を目指しました。チューリップシードを生かすため、あえて色はあまり入れませんでしたが、両サイドに白いネリネを少し加えています。たくさんあるとうるさくなりますが、これくらいだといいアクセントになります。

天国のお母さんへの花束なので、祭壇に飾っても邪魔にならないようにつくりました。初夏の風を部屋に取り入れ、少しでも前を向いて生きていってくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

     ◇

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

天国の母に伝え続けたい「ありがとう」

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

facebook

instagram

http://azumamakoto.com/

PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


頑固で厳しくて仕事一筋「鉄腕」のお父さんへ

一覧へ戻る

娘へ あの日から5年、希望の花束を

RECOMMENDおすすめの記事