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<44>「普段着の街」に、本と憩いのひとときを

<44>「普段着の街」に、本と憩いのひとときを

 電車に乗ると、座席に座っている人の大半はスマートフォンを見ており、本や雑誌を読んでいる人はほんのわずか。書店のみならず、出版社と書店をつなぐ出版取次会社の倒産もあり、本を取り巻く環境は年々厳しくなっている。

 その一方で、東京ではここ数年、個性的な新刊書店がオープンしている。JR荻窪駅から徒歩約10分、青梅街道沿いにある「Title(タイトル)」もその一つだ。昔ながらの銅板張りの看板建築に、濃紺の屋根がついた小さな書店。午前11時の開店と同時に客がふらりと立ち寄り、本棚を眺めたり、2階のギャラリーで作品をみたり、1階奥のカフェでコーヒーを飲みながら読書をしている。
 オーナーの辻山良雄さん(43)は、昨年7月に惜しまれつつ閉店したリブロ池袋本店の統括マネジャーだった。

 「自分で本屋をやりたいと思い続けてきたわけではないんですけど、いろんなタイミングが重なって。一番大きかったのはリブロ池袋本店の閉店。それに母が亡くなったことも重なり、生き方を変えてみたいというか、あの時ああしておけばよかったって思いながら人生を終えたくないと思ったんです」

 辻山さんがこの場所を選んだのは、この古い民家の物件に出合ったというのが大きいが、ここが“普段着の街”という理由もあった。適度な生活感があり、自分がいて楽な場所。そして、作家や編集者が多く住んでおり、古本屋が点在し、本を大事にする文化が漂っていると感じたからだ。

 「この近辺だけでなく、本好きの人が遠くから足を運んでくださっています。実は私が思っていたよりも客数は少ないのですが、客単価はかなり高いんです。リブロにいた時は管理職でしたから、どの本が何冊売れたかは数字でしか見られなかったのですが、お店に立っていると、お客さんの本をじろじろ見ているわけではないものの、『この人はこういう本を買われるんだ』ってリアルにわかるのがいいですね。ビジネスが“商い”になったような気がします」

 店内に目を向けると、雑誌や話題の新刊を押さえつつ、人文系、社会系、料理、旅、アート、小説、現代思想など、さまざまなジャンルと定番本や個性的な本も並んでいる。本好きなら本棚を眺めているだけで心地よさを感じるに違いない。

 「私が育ってきた環境が新刊書店なので、新刊の方がなじみがあります。古本は個人的に好きですし、古本があれば時間軸に深みは出ますが、仕入れが難しい。世の中の動きや、今を生きる人の気持ちを本棚で表現したいので、そうなると新刊書店の方がいいと思いました」

 同店の品揃(ぞろ)えで特に意識をしているのが“生活”にまつわる本。狭義の「衣食住」にとどまらず、人がよりよく生きたり、生きる活力になったり、何かを考えるきっかけになるような本を置きたいと辻山さんは考えている。また、カフェやギャラリーを併設したのは、「ゆっくりした時間を過ごしてほしい」という気持ちの表れだという。

 「都心からも駅からも少し離れているので、わざわざ足を運んでくださった人に本を買う体験以外のこともしてもらいたいと思ったんです。お茶を飲んだり、人と話したり、絵を見たりとか。小さな場所ですが、いろんな経験を持ち帰ってほしいと思っています」

 本や雑誌を読む人が確実に減っていることは辻山さんも意識している。

 「本屋の数は減るでしょうし、バラ色の未来だとは思っていません。たとえば魚屋さんが魚のことをよく知っていてお客さんにおすすめできるように、本屋も同じようになっていくと思うんです。全てが揃っている大型書店は社会的に必要で残っていくでしょうけど、小さな店はなんでもあるというよりは、お客さんに聞かれたらちゃんと答えられるような場所になっていくのではないでしょうか」

■おすすめの3冊

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「自分の仕事をつくる」(西村佳哲)
柳宗理やヨーガン・レールなど、さまざまな「いい仕事」をする人々を訪ねて回った記録集。「人は自分が生きている時間のかなりの時間は仕事をしています。13年前の本なのですが、よりよく働くとは何かを初めて提唱した本で、今も古びていないベストセラーです」

「翻訳できない 世界のことば」(著/エラ・フランシス・サンダース、訳/前田まゆみ)
他の言語に訳すときに一言では言い表せないような各国固有の言葉が存在する。そんな「翻訳できない」言葉を世界中から集め、イラストと洒脱な解説で紹介している一冊。「日本にもそういう言葉っていっぱいありますよね。世の中が便利になっても、言葉にならない気持ちをみなさんかかえていると思うんです。贈り物にもおすすめです」

「これからの本屋」(北田博充)
これまでの本屋を更新し、これからの本屋をつくるためにできることは何かを考える一冊。「これは当時『丸の内リーディングスタイル』などを運営する会社のバイヤーを務めていた人が書いた本ですが、自分で作ってISBNコードを取得して販売しているDIY的な本。発売後、1カ月くらいで重版がかかり、熱量のある担当者のいる大型書店にも少しずつ置かれています」

(写真 石野明子)

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東京都杉並区桃井1-5-2

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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