おいしいゲストハウス

<3>31歳、とりあえずソニーを辞めた ~UNPLAN Kagurazaka(前編)

ゲストハウス3

 コーヒーを飲んでいると、“Hi, is this the unplan hostel?”と、スーツケースを転がしながら外国人が入ってくる。人種、年齢、性別、いろいろな人が出入りするゲストハウスのラウンジだからか、どこか風通しがよく、日本人にとっても居心地がいい。旅行者がまとっているドキドキ感やワクワク感、そして特有の浮遊感がこの空間にフレッシュな風を呼び込んでいるのだろう。

 東西線・神楽坂駅から徒歩3分。江戸川橋方面へ下って行く住宅街に、この4月、「UNPLAN Kagurazaka(アンプラン・カグラザカ)」がオープンした。ビルの2階、3階が宿泊エリアで、1階がラウンジ。朝8時から18時まではカフェで、18時から23時がバーだ。グレーを基調にした落ち着いた店内にはいたるところに植物が置かれ、空間もゆったりしている。Wi-Fiがあるのでコーヒーを飲みながら仕事もできるし、テラス席で道行く人を眺めても楽しい。

 コーヒーはバリスタが厳選したスペシャルティコ―ヒーで、ランチは日替わり。夜には50種類以上のカクテルが飲め、日によってはライブやランゲージ・エクスチェンジといったイベントも開催されるという。

 「UNPLANは、形態としては宿泊業なんですが、僕自身は宿泊業とは思っていないんです。外国人旅行者をサポートする“旅行サポート業”だと思っています。ここは、外国人に情報やサービスを提供したり、彼らがどんなことに興味を持っているかという情報を受け取ったりする場所。情報提供と収集をしていくところなんです」

 そう語るのは、UNPLANを運営している合同会社FIKA(フィーカ)の福山大樹さん(42)。もともと旅行が好きで、初めて海外に住んだのは中学3年生のとき。1カ月アメリカにホームステイをした。その後、高校時代にはスウェーデンに1年間留学し、海外生活を満喫。東京大学へ進み、大学時代は子ども達の国際交流と平和教育を目的としたインターナショナルキャンプのリーダーを務めたり、バックパッカーとしてあちこち旅をしたりして過ごした。

 そんな流れで、当時からなんとなく、「旅行者をサポートする仕事ができたらいいなあ」とは思っていたという。

 「海外から成田に帰ってくると、自分もまだ半分旅行者の視線じゃないですか。そんなとき、海外のバックパッカーは成田に着いたらどうするんだろうってふと思ったんです。到着ロビーでまず目にするのは、宿のパンフレットが並んでいるだけの案内所と、各地へ行くバスの時刻表くらい……。これは不便だろうと思い、何かできたらいいなとは思っていました」

 とはいえ、福山さんがゲストハウス開業にたどりつくのは、それから10年以上も後のこと。卒業後、まず就職したのはソニーだった。ウェブサービスの開発や企画をする部署に配属され、6年ほど働いていた。

「仕事自体は楽しかったのですが、いつかは独立したいと思っていましたね。割と昔から独立心が旺盛だったので(笑)。決められたことをやるのが好きじゃないんです。何でも自分で決めたいというタイプというか……」

 しかし、福山さんは働きながら他のこともできるほど器用ではなかった。独立するための準備は何もできなかったが、2005年、31歳でとりあえず退社することに。

 「まず、辞めることから始めました(笑)。ウェブサービスを作る仕事をしたいとは思っていましたが、退社したときはまだ何も決まっていませんでしたね。不安がないわけじゃないんですが、僕は尻に火がつかないと動かないので……。仕事を辞めて、自分で自分に火をつけました」

  そして、すぐに一人でウェブマーケティングの会社、ソラソル株式会社を設立。日銭を稼ぐために、アプリを作ったり、ソーシャルメディアのコンサルティングなどもこなし、数年間で社員15人を抱える会社に成長した。ところが、仕事が軌道にのってしばらくすると、福山さんは少し物足りなさも感じるように。

 「最後の3年くらいですかね、自分のやっていることがちょっと違うかなと感じるようになって。ウェブサービスを始めたのは、ウェブを使って世の中を便利にしたり、新しいルールを作り替えたいと思ったからでした。でも、気づいたら、ウェブの中にどっぷりつかって閉じこめられていたというか。手段として使いたかったのに、目的になってしまっていたんです。そういう意味で、そろそろ次のステップに移るべきだと思いました」

  2013年、ゼロから作り、育ててきた会社を事業譲渡。社員ごと別の会社に吸収してもらった。そして翌年、またしても一人で設立したのが合同会社FIKAだ。 すでに事業は宿泊業に狙いを定めていた。以前から「いつか外国人のサービス事業を」と思っていた福山さん。このとき彼の背中を押したのが、東京オリンピック開催決定のニュースだった。

 「これで、国の関心がインバウンドへ向かうんじゃないかなと思ったんです。ウェブ業界での経験上、『イケる!』と思ってから動いても遅いので、見切り発車で始めることにしました」

 宿泊業をやるなら、場所がなくては始まらない。福山さんは、まずFacebookに「ホステルをやる場所を探しています」と投稿した。そうするとどんどん情報が集まってくる。従業員集めやいろいろなアドバイスもFacebookの書き込みを通して集まってきた。

 物件はなかなかこれというものには出会わなかったが、ようやく1年ほど経ったときに、フィルカンパニーという会社に出会った。フィルカンパニーは、駐車場の2階や3階をテナントにして、貸し出すビジネスをしている。さっそく相談してみると、神楽坂に空いている駐車場があるという。駅からもほどよい距離で、なんといっても街に魅力があるエリアだ。神楽坂はもともと花街があった場所で、坂下のエリアには今も石畳の路地が残り、多くの飲食店が軒を連ねる。飯田橋、牛込神楽坂、江戸川橋の駅もすべて徒歩圏内。ゲストハウスは東京の東側にかたまっていて、神楽坂にはないのも魅力だった。偶然ではあったが、ようやく理想の場所が見つかった。

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PROFILE

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

<2>あらゆる境界線を越えて人が集える場所に ~Nui.(後編)

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<4>“ゲームのルール”は絶えず変わっている ~UNPLAN Kagurazaka(後編)

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