このパンがすごい!

もうひと口、もう1個…ずぶずぶと沈む旨味の沼 / パンネスト

このパンがすごい!

塩バターロール

■パンネスト(福岡)

 福岡県小郡市。太宰府の先、近隣を鳥栖や久留米に囲まれた町に、おとぎの国が姿を現す。北欧を模した建物の屋根は草むして、こうのとりでも飛び立ちそうなたたずまい。レーブ・ド・ベベという系列のパティスリー、そしてこのパンネストで、粉ものテーマパークと呼ぶべき夢の空間を形成する。

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塩バターロール断面。この空洞が食感のエロスを生み出す

 塩パン史上最大級の興奮が私を訪れた。パンネストの塩バターロールを食べて浮かんだのは、食感のエロスという言葉だった。皮は乾いて、かしかしとした歯ごたえ。噛(か)むと、エアリーなやわらかさで、ふにっと沈む。少し前歯に力を込めると一気に歯切れる。ふにっ、すぱっの快感。乾いた皮とは正反対に中身は潤いに満ちて、そこからバターが甘くとろけてくる。絶妙な塩気。塩気とバターがちょうど拮抗(きっこう)し、天秤(てんびん)のように両者の境界線でゆらゆら揺れる。バターの甘さになったり、しょっぱさを感じてそれがますます甘さを加速させたりと。

「ごはんのように、毎日食べられるパンを作りたい。食べ終わったあと、もう1個食べたくなるような」と永松晃店長は言う。

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ツナコーンなど総菜パン

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クリームパンなど甘いパン

 クリームパン、あんぱん……と店内に並ぶのは誰もがおなじみのパン。そのどれもがひじょうにやわらかく、「食べてください」とばかり下手に出てくる。ソフトさのあまり、思いあまってぱくぱくと3、4口食べ進み、すぐに消滅。あまりに食べ口が軽くてノーストレスなためもう1個に手が伸びて……と、パンネストの術中にずぶずぶはまるのだ。

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紅茶とりんご

 紅茶とりんご。このねっとり感もずぶずぶの沼へ誘う。歯の上下運動を飲みこむほどの低反発な食感。香りまくるアールグレイ。それはミルキーな生地と相まって、ちょうど紅茶に牛乳を垂らした体(てい)で、やはり塩梅(あんばい)の魔術を繰り広げる。そこへ、舌先に触れる甘酸っぱいりんごと、アールグレイの香りの変化が連れ添う。潤いに満ちた生地は先回りするように噛んでは溶け、噛んでは溶けし、食べ手は完全に甘やかされる。

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パンネストブレッド

 ずぶずぶさといえば、店名を冠した食パン、パンネストブレッドも相当なものだ。比類なきミルキーさが幸福のボルテージを一気に高める。昨今人気の「ふわもち」ではない。さらに甘やかしの度を進め、ただただふわふわなのである。舌触りもひたすらなめらかに、口に入れた瞬間とろけるという、ずぶずぶぶり。しかも、噛むたびにまた一段また一段と甘さのギアを上げて、飽きさせない。焼きこんだ耳には、キャラメルの香ばしさもある。老化しにくいことも驚異的で、2日経っても生で食べられるクオリティがある。

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明太フランス

 勢い込んで口にした福岡名物・明太フランスのずぶずぶは、「旨味(うまみ)」であった。辛さよりなにより、まず芳醇(ほうじゅん)な魚介の旨味に促されてだらだらとしたたる唾液(だえき)で口の中はいっぱいになる。と思っていたらじわじわ辛くなる。そのとき「!」が萌(きざ)す。この辛さの新感覚はなんだ! と。

 唐辛子に加えてのわさびバター。別様の辛さをじんじん発する、辛さのダブルバインド。そして、バゲットも秀逸。香ばしさと甘さは、辛さに合わせてコーラスを歌う。

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永松晃店長

 かくかくとピラミッドばりに几帳面(きちょうめん)に積み重なった層がすばらしいクロワッサン。ここにもあった塩気と甘さのエロティックな両天秤。そのさなかに、まだずぶずぶと唾液の沼に口の中がはまりこんでいるのに気づく。クロワッサンにまで旨味を感じるなんてただ事ではない。永松店長に問うと「隠し味として無糖練乳を入れています」と。これは甘くない。ただミルキーさ、旨味として機能する。これをほとんどのパンに隠し味として入れているとのこと。ずぶずぶの旨味の正体はこれであろう。

 パンネスト、レーブ・ド・ベベの横には、名勝・如意輪寺がある。またの名をかえる寺。狛犬(こまいぬ)ならぬ巨大なかえるの守り神が鎮座し、ありとあらゆるかえるグッズコレクションが社屋を占める様は見物。パン、お菓子、そしてこの寺をセットで楽しもう。

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外観

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入り口前のテラス席

パンネスト
福岡県小郡市横隈1571-1
0942-65-4554
9:30~18:00
不定休

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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