このパンがすごい!

九州の新麦が香り立つ「日本のピッツァ」 / 聖林館

聖林館(東京)

 一昔前に比べると、本場ナポリピッツァを標榜(ひょうぼう)する店は格段に多くなった。イタリアから粉を輸入し、オイルを輸入し、チーズを輸入し。日本人の丁寧さと勤勉さをもってすれば、本場のレベルを凌駕(りょうが)するナポリピッツァもあるだろう。それはもちろん歓迎すべきことだが、一抹の疑問も萌(きざ)す。ナポリピッツァが至上のもので、そこにどれだけ近づくかでピッツァの値打ちが決まるのだとしたら、日本でピッツァを焼く意味、食べる意味はどこにあるのだろう。私はぼんやりとした問いを感じていた。
 ブレークスルー。私にとって、聖林館とは、国産小麦を使って焼く、物まねでないピッツァを教えてくれた店だ。日本人による、日本のピッツァ。いや、その前に柿沼佑武(すすむ)シェフという人間そのものの味だと、ピッツァが語ってくる。なぜそう思うかわからないながらに、とにかく力強く、ぐいぐい心に迫るのだ。
 ナポリピッツァとは香りの食べ物だと私は思っている。バジル、オイル、チーズ、トマト、なかんずく粉。聖林館のピッツァはそれに加えて、国産小麦ならではの「甘さ」の表現になっている。
 たとえば、マルゲリータ。中央の具材がのっている部分、爛(ただ)れたトマトの汁とオリーブオイルにそぼ濡(ぬ)れた生地がとろとろとろけるとき、じゅんじゅんと国産小麦ならではの甘さが広がってくる。モッツァレラの甘さ、トマトの甘酸っぱさと響き合いながら。そこへ、バジルのすがすがしさ、太陽の滋味を溜(た)め込んだようなトマトの塊が爆発する。
 小麦感がさらに感じられるのは耳である。具材がのらない、いわば小麦のソロパートを幅広くとるのは、生地への圧倒的な自信からか。火で活(い)かされた小麦の香ばしさ。焦げはあくまですがすがしく、スパイシーに。そして、振りまかれた塩が小麦の旨味(うまみ)を誘発。表面の、音がするほどのぱりぱり感とあいまって塩せんべいでも食べるかのようだ。そして、ナポリピッツァと大きくちがうのは、分厚さ、もちもち感。ずずずっと歯が生地深く入って、たっぷりと小麦フレーバーを感じることができる。
 前身のサヴォイから聖林館にリニューアルして以来、ずっと熊本の小麦をつかう。なぜなのか、柿沼さんに理由を問うと、
「それがしっくりくるから」
 と一言。自分のピッツァは、イタリアでも、フランスでも、北海道でもなく、熊本のミナミノカオリがあってこそなのだと。
 ときあたかも、8月10日に九州の新麦が解禁されたばかり。聖林館も新麦(熊本製粉Premium T)になったと聞いて、私はうれしくて飛び跳(は)ねるようにやってきたのだった。草いきれっぽいフレーバーが明滅するように感じた。熊本の照りつける太陽は、こんな野趣を小麦に与える。そして、普段に増して旨味もじんじんきているように思った。
 もう一種、食べたのはマリナーラ。なにしろ、聖林館にピッツァは二種類しかない(なんというストイックさ)。マリナーラは旨味のプールだった。分厚い耳の内側に、にんにくがたっぷりと溶け出したオイルとトマトソースがひたひたに満ちている。まさに禁断の汁。ローズマリーなどスパイスの香りをまとって、小麦が油と抱きあい、甘さ、フレーバーが沸き上がる。口の中に残った後引く旨味を、香ばしい耳でぬぐい去るのは、なんという快楽か。
 そのとき思う。小麦やトマトやチーズを作り出す、太陽、土、水、風、生命。素材に秘められたそれらのパワーを発酵と窯の火が引き出す、ジオグラフィカルな芸術がピッツァなのではないかと。

聖林館
東京都目黒区上目黒2-6-4
03・3714・5160
平日11:30~13:30(ラストオーダー。売り切れ終了)、18:00~20:45(ラストオーダー。売切れ終了)/土日祝17:00~(無休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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