このパンがすごい!

和食材と相性抜群 田んぼのベーカリーが作る「ぱん」 / 発酵所

発酵所(群馬)
 群馬県太田市、一面の田んぼに囲まれた中に発酵所はある。田んぼにベーカリーはそぐわない? そうでもないだろう。松岡秀さんは自分の作っているものをパンではなく「ぱん」と呼んでいるのだから。

 発酵所の「ぱん」はまるでおにぎりである。たとえば、「でかくるみぱん」には、衝撃的なほどのむしゃむしゃ感がある。しっとりさ、やわらかさ、溶けやすさゆえに、むしゃむしゃとかぶりつき、咀嚼(そしゃく)し、ぐんぐん飲み込みたくなる。くるみがごろごろ入っているのは、栗のまぜごはんに近い感覚。薄いソフトな皮は、中身のみずみずしさを邪魔しないけれど、しっかりと火が当たって香ばしく、焼きおにぎりのニュアンスを加える。

 ごっくんごっくん飲み込んだあとには、快い甘さが舌の上にある。これは北海道産キタノカオリならではの、クリアでミルキーな甘さ。松岡さんのもっとも信頼する品種だ。生地が黄色を帯びているのも、まさしくキタノカオリカラー。小麦に含まれるカロテノイドの色で、素材自体のもつフレーバーをうまくパンに表現したことをも示す。この甘さは、日本人の味覚に合うと思う。

 生地がつやつや輝いているのも、たくさんの水分を十分に水和させたことを表す。小麦粉100に対し100%もの大量の水分を入れる。これは炊いたごはんの水分120%に迫るものだ。あまり混ぜずにグルテンの硬さを出さず、炊いたご飯をふわりと握ったようなやわらかさ、ほどけやすさにする。発酵の香りを抑えたレーズン由来の発酵種は、小麦の香りを素直に引きだす。

 そうして作った「ぱん」は和食材との相性が抜群だ。「しそとくるみ」は、刻んだしそを混ぜこんだゆかりを思わせる梅しそ味。それが、小麦の味わいと思わぬ融合を見せる。実は、梅かと思ったものはセミドライトマトだった。梅干しより酸味はやさしく、でも甘さと旨味(うまみ)はたっぷりと。それはおにぎりの具のように、むしゃむしゃを加速させて止まらない。ぷるんと跳ねるもっちりな生地を、上の歯と下の歯でぎゅうっと押し潰すとき快感が走る。

 甘い「ぱん」はまるでまんじゅう。「しょうがとくるみ」がそれだ。食べだした途端に夢中になってしまう。黒糖のような甘さに、しょうがのぴりぴり感、ほろ苦くも甘い土っぽさ。しょうがのさくさくに加えて、くるみがこりこり、かりかり。くるみを噛むたびに口の中に溜(た)まってますます盛り上がっていく感じと、麦の甘さがスイングする感じはくるみゆべしに近い。

 松岡さんのおじいさんとおばあさんは農家だった。そしていま、発酵所のパンに使う野菜は、お母さんとお父さんが作っている。
「子供の頃は、田んぼを手伝ったり。ずっと家で作った野菜を食べてきたので、スーパーの野菜がおいしくないって感じる」

 遠くから運ばれてきたものより、とれたての野菜をすぐ使うほうがおいしいし、エコでもある。農家に生まれた松岡さんにはその感覚が根付いている。ぱんといっしょに飲んだいちごのスムージーの幸福さはまさにそれを象徴していた。

 発酵所のありかたはこれからのベーカリーのあり方を示唆している。国産小麦を使い、自らの感覚を信じて先入観にとらわれないパン作りをするのは、いまの30前後の若手に共通する特徴。水分の多いやわらかい生地をこねすぎないで作っていくパンはリュスティックに近く、あまり成形せず切ったまま焼くので、手がかからず、効率的である(日本のパン屋さんは働きすぎている)。硬いパンを食べなれない人にも食べやすく、地産地消は地域に貢献する。田んぼの中の発酵所は、日本のパンの未来も発酵させている。

発酵所
群馬県太田市茂木町346-5
080・3085・6814
11時~18時(売り切れ終了/月火休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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