このパンがすごい!

自家製グレーズがたまらない、材木座の愛すべきおやつ / べつばらドーナツ

べつばらドーナツ(神奈川)

 鎌倉にべつばらドーナツあり。以前は、若宮大路のコバカバ食堂の店先で売っていた。長谷部あいさんと、本田あさみさん、2人の女性が自転車の荷台にドーナツを積んで、暑い夏も、寒い冬も。おいしさは評判を呼び、ようやく店舗を持ったのが1年半前。

 どーんとでっかく、どしっと構えている。まるでパンを食べているようなドーナツ。ふかっとして、もちっとして。無数の気泡膜を歯が噛(か)み破っていく感触がしっかりとあり、かつやわらかい。甘さに立ち混じる、発酵フレーバー。じゅじゅーっと溶けて小麦の白い味わいが満ちる。ドーナツと揚げパンの中立地帯。不思議になつかしく、新しい。彼女たちはそこにドーナツの鉱脈を発見したのだ。

 季節によってメニューを変えつつ常時約7種類を置く。それはさながらフレーバーで架ける虹で、心震えさせるほど鮮烈なのである。私の執着の対象はラムレーズン。表面にコーティングされたグレーズが溶けるごとにラムの香りが激しく放たれる。さらに、生地の中にあるレーズンからも、ぶどうの果汁とともに豊潤にラムの香りがあふれだす。アルコールの持つまろみが、果てしない変化をドーナツの甘さに与え、快楽の極致に導く。

 フルーツ系グレーズのヴィヴィッドな果実味にはいつも身もだえさせられる。夏は、シークワーサー。南国の柑橘(かんきつ)感ときんきんする酸味が口といわず鼻といわずあふれだす。パッションフルーツは、トロピカルなフレーバーがむんむん充満する。冬にはラズベリー。炸裂(さくれつ)する甘酸っぱさを、あのふかふかするドーナツで癒(いや)される自作自演のマッチポンプが繰り広げられる。

 グレーズは自家製。いかに果物の風味をあふれさせるかに彼女たちの努力は注がれている。各フレーバーひとつひとつ、素材の持ち味をグレーズで再現する秘密のノウハウがあるようなのだが、彼女たちは多くを語ろうとしない。それでも、季節を表現することのわくわく感はとても伝わってくる。八百屋の店先に新物のフルーツが並ぶのが楽しみだと長谷部さんは言う。
「6月の終わりがきたらパッションフルーツを出せるね、とか話をします。6月がいちばん果物が豊富で、あれもやりたいこれもやりたいってなる。梅もすごくおいしいし。冬はゆず。春にはあんず、いちごや、桜もあります。桜の花の塩漬けを生地に入れるんです」

 べつばらドーナツは、マッサージ師をしていた長谷部さんと、飲食の仕事をしていた本田さんの、「こんなドーナツがあったらいいね」という雑談からはじまったという。鳩(はと)サブレがあり、有名なホットケーキ屋がある、レトロスイーツの聖地にそれはよく馴染(なじ)んで、材木座の人たちの定番おやつになりつつある。

「お客さんに観光の人は意外と少なくて、地元の人が多いです。おじいちゃんが自転車できて、ドーナツひとつ買って帰ったりする。そういうのが意外と好きです」

 近くの学童クラブにもおやつ用として納めているという。
「『こばら』という、ちっちゃいサイズを持っていってます。子供たちはおやつを楽しみにしてくれているのかな?」
 きっと歓声を上げて迎え入れられているにちがいない。べつばらドーナツが食べられる奇跡の学童なら私だって通ってみたいものだ。

べつばらドーナツ
神奈川県鎌倉市材木座1-3-10 1F
11時~(売り切れ終了/火水木休)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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