花のない花屋

高校教師をあきらめて、家庭に入った90歳の祖母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
上林ゆりさん 21歳 女性
韓国在住
大学生

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今から1年半ほど前のこと。94歳まで大きな病気もなく元気だった祖父が、私の成人式を見届けた後、他界しました。大好きな祖父が亡くなったことはとても悲しかったのですが、残された祖母が悲しむ姿を見るのもつらいことでした。

今年90歳の祖母は戦前、女性が大学に行くなど考えられなかった時代に、大学に行った1人です。奈良女子大で日本文学を勉強していたものの、途中で第2次世界大戦が始まり、工場に駆り出される日々が続いたそうです。毎日空襲を恐れながら、好きな勉強も思う存分できずに青春時代を過ごしました。

卒業後は夢だった高校の先生になりましたが、祖父と結婚したため1年で退職。本当は働き続けたかったけれど、できなかったと言っていました。そういう時代だったのでしょう、祖母はそれからというもの、ひたすら祖父や祖父の家族のために尽くす人生を生きてきました。

「おばあちゃんができなかったことを、ゆりは、やってね。あなたならできるから」私にはよくそう言います。祖母のことを、家庭にこもっているのはもったいない人だと言ってくれた人もいます。自分の才能を捨ててまで60年以上祖父のために生きてきたので、その喪失感と寂しさははかり知れません。今もひとりで暮らしている祖母のことを思うと、胸が痛いです。本当は毎日でも祖母の近くにいたいのですが、留学中のため、かないません。

そこで、祖母のために花束をつくってもらえないでしょうか。祖母は、俳句の先生をしていて、感受性豊かでやさしい人です。きっと祖父も天国から、「今までありがとう。これからは自分のために生きて」と言ってくれるのではないかと思います。

そんな思いが伝わるよう、優しい色使いで心があたたかくなるような、まるで天国の花畑のようなお花を贈ってあげたいです。もし可能なら、祖母が好きなユリをいれていただけないでしょうか。

  

花束を作った東信さんのコメント

今回は、おばあちゃんの人となりをそのままお花で表現しようと思い、パステル調で華やかに、やさしい雰囲気にまとめました。

リクエストのあったユリは八重咲きのアスカという種類です。とてもいい香りがします。ラン、カップ咲きのバラ、カーネーション、マリーゴールド、リンドウなどの間に、アクセントとしてブルーのアジサイを加えました。

トップに置いたのは、淡い色のエアプランツ、テクトラムです。全体的にトーンをおさえ上品にまとめていますが、お花らしいお花をふんだんに使っているので、とても華やかです。この雰囲気を生かすため、あえてリーフワークは省きました。

お花を見て、少しでも元気になってもらえたら花屋冥利(みょうり)につきます。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

高校教師をあきらめて、家庭に入った90歳の祖母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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