このパンがすごい!

1日3000個売れる、金メダル級のクリームパン / バックハウスイリエ

クリームパン

クリームパン

■バックハウスイリエ(兵庫)

 1日3000個売れるクリームパンがある。兵庫県尼崎市にあるバックハウスイリエの創業者、入江正文さんは今年で72。この道50年でいまだに現役「生涯現役一職人」と名刺に書き込んでいる。

「クリームパン何個入れましょう?」「5個」「私は10個」

 レジでのやりとり。クリームパンを買うのは当たり前、何個買うかが焦点になっている。家族や知人といっしょに食べるのだろう。それほど、阪神間では誰もに愛されるパンになっているのだ。

クリームパン断面

クリームパン断面

 このクリームパンはぼってりと重い。まるでぼてっと飛び出たお腹(なか)のように、クリームでぱんぱんである。噛(か)むと、どろっとこぼれ落ちる。流動性のあるやわらかなクリームは、パンとの攻防線をあっという間に突破して、すばらしい甘さですべてを飲み込んでしまう。濃厚という言葉では足りない。卵、ミルク、バニラ。素敵(すてき)な甘い風味が舌を覆い、鼻から吹き込んで頭のてっぺんまで抜けていくようだ。

 パンはクリームと同じほどすみやかに溶ける。生地のあたたかみ、発酵のフレーバー、じーんとくる塩気。それらがクリームに、合流していくことでこの体験はより完全なものになる。お皿についたクリームさえなめてしまう。時を忘れる数分間。
 クリームパンのクリームはたっぷりなほうがいいし、とろとろなほうがいい。それはわかっていてもできない理由は、破けて中身が出てしまうからだ。1日3000個、スタッフとともにそれをやり通すのは、並々ならぬ職人気質ゆえだ。

 「金メダルをとる気でやらないと。品質を守るために命をかけて」

あんぱん

あんぱん

あんぱん断面

あんぱん断面

 あんぱんのあんこも自ら炊く。その極意は「アクの抜き加減。何万回もやって勘を養うしかない」。

 そのあんこは、豆らしい滋味が豊潤(ほうじゅん)にあった。甘さはそのあとをついてきて、べたつかずに、すっと立ち去り、後味にもあずきならではのフレーバーを残す。そこにクリームパンと同じく口溶けのいい菓子パン生地が寄り添って、ミルキーさや香ばしさや発酵の香りを滲(にじ)ませてマリアージュを作りだす。

明太フランス

明太フランス

 そして、明太フランスの、かりかりかりと軽やかに奏でる音楽。明太子の鮮烈な旨味(うまみ)、海の香り、辛み。それらが口の中にこれでもかとひろがって作り出す、唾液(だえき)の大波。それが、フランスパンの乾きの中へと染み込んで、小麦の味わいと出会ってやっと平衡を取り戻してやすらぐ。そして、喉(のど)でまじまじと感じる。辛さが甘さに変わるマジックを。

 入江さんによると、これは日本で2番目に生まれた明太フランスだそうだ。味には自信があったが理想の食感が出ないと悩んでいたとき、明太フランスを生み出した某店で勤務していたスタッフが「二度焼き」を教えてくれた。一度焼いたフランスパンに明太フィリングを塗ることで、かりかりの食感になる。フィリングの素材はバターと明太子だけ。

 「味の邪魔するから、いらんもんは入れんほうがいい」

 理想の明太フィリングを求めて、福岡で明太子を買い漁(あさ)った。明太子単体ではおいしいが、パンに塗るとなにかちがう。2種類をブレンドすることで、ようやく思い通りの味にたどりついた。とことんこだわり、どこまでも追い求める。きっと入江さんはもっとおいしいパンを作ろうという気持ちを、死ぬ瞬間まであきらめないだろう。

店内

店内

入江正文シェフ

入江正文シェフ

バックハウスイリエ
兵庫県尼崎市東園田町2-48-2
06-6494-6353
7時~20時(第1、3、5水曜休)

>>店内やパンの写真をもっと見る ※写真をクリックすると、拡大表示されます

>>「新麦コレクション」のパン教室が開催されました

<よく読まれている記事>

<バックナンバー>
まとめて食べたい!「このパンがすごい!」記事一覧
地図で見る

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

料理人とパン職人のコラボが生み出す、おいしさの一期一会 / ブラン

一覧へ戻る

激戦区に新オープン、気合も手間もおいしさも、ぜんぶ入り / ヌクムク

RECOMMENDおすすめの記事