このパンがすごい!

食べ手が思わずひざを打つ、絶妙の一手で目覚める味 / ブーランジェリーレカン

バゲット

バゲット

■ブーランジェリーレカン(東京都)

 パンというゲームの盤上に、誰も思いつかなかった新手を打ち込む。摩訶不思議(まかふしぎ)な奇手というわけではない。割田健一シェフは、トラディショナルなフランスパンという定石を踏まえつつ、誰もが見えていたはずの場所に新たな急所を発見し、絶妙の一手を指す。

シトロンチャバタ

シトロンチャバタ

 レモンピールを使った、シトロンチャバタ。噛(か)むごとに華やかな柑橘(かんきつ)の香りが鼻孔を抜け、つんつんとくすぐる。レモンの軽やかな苦みと酸味は、舌に心地いい刺激を与える。それらが引いたあと、ミルキーな小麦の甘さが口いっぱいに満ちていく。生地のしっとり感、口溶けのすばやさ、そして酸味とのコントラストゆえますますジューシーに感じられる。

 ピールを噛む前からすでにして、そこはかとないレモンの甘さが生地全体に漂って、オイリーなのにさわやかなのはなぜだろう。秘密はシトロンオリーブオイル。レモンとオリーブを一緒に絞ったこのオイルを生地に入れているために、レモンの柑橘感は漂ったり、刺したりとダブルで感じられるのだ。

割田健一シェフ

割田健一シェフ

 割田シェフのパンの作り方はこんな感じだ。いまではレカンに行けば誰でも買えるパンでも、そもそものはじまりはたった一人、たった一度の機会のために作られたものだ。

 「出張料理人・岸本恵理子さんが料理といっしょに出すパンを持っていきたいって言ったことがはじまり。鼻にぱーんと抜ける柑橘の香りはあるけれど、レモンだけなので料理を邪魔しない」

 たしかにイタリアンの、ちょっとレモンを搾りたくなるような場面なら、パンを口に入れた瞬間、マリアージュがはじけることが想像される。

赤ワインのカンパーニュと栗

赤ワインのカンパーニュと栗

 赤ワインカンパーニュと栗、というパン。パンを切ると、ぶどうの香りがあふれだす。たっぷりとワインのエキスが染み込んだ真っ赤な生地の中に、栗を噛む。秋の香りとまったりした甘さが滲(にじ)み出て、口の中で栗の赤ワイン煮が完成する。ときどき噛むクルミの香ばしさやちょっとした渋みが森の空気を運んで、ワイン畑の風景を目の前に広げてくれるかのようだ。

 このパンにはワインではなく、山梨のぶどうジュースの作り手である「葡萄屋kofu」のバミス(ぶどうの搾りかす)が混ぜ込まれている。剪定(せんてい)や畑のテロワールにまでこだわったワイン用のぶどうからできる、絶品のジュースの残りとして出てくるもの。香りは濃厚にありながらしつこくまとわりつかない、その軽やかな甘さは、おいしい山梨ワインそのもの。山梨のワイナリーをいっしょにまわった「葡萄屋kofu」との個人的な思い出がなければ、割田シェフからこのパンのアイデアは出なかったかもしれない。

ハラペーニョとチーズ

ハラペーニョとチーズ

 ハラペーニョとチーズ。ぷるぷるとして口腔(こうくう)に吸い付くようなしっとりした生地から出現するハラペーニョの青い辛さ。ぴりぴり感で舌があぶられているところへ、チーズが溶けてミルキーに癒(いや)される、高速の伏線と回収。チーズは表面においては誰もが大好きなかりかりさと香ばしさを与えている。

 このパンが実は塩パンだと知ったときには衝撃を受けた。塩パンといえば、生地にバターを巻き込んだもの。チーズのとろとろ感、うっとりする甘さと思っていたものは、実はバターによって倍加されていた。ここにも、食べ手が膝(ひざ)を打ち、同業者なら悔しがるかもしれない、見えない妙手が打たれていたのだ。

 「家具の買い付けでアメリカによく行く友人がいて。そのとき食べたハラペーニョのパンを食べたい、食べたいっていうから(笑)」

 あれが食べたい、というピンポイントに向けて作られるがゆえに、味がぼやけず、ぶれない。どこから発想されたのかわからない不思議さと茶目っ気が漂う。それが割田シェフのパンなのである。

生ハムのサンドイッチ

生ハムのサンドイッチ

国産小麦のプティバゲットとフランス産小麦のバゲット

国産小麦のプティバゲットとフランス産小麦のバゲット

クロワッサンとパン・オ・ショコラ

クロワッサンとパン・オ・ショコラ

店内

店内

外観

外観

■ブーランジェリーレカン
東京都中央区銀座5-11-1 1F
03-5565-0780
10時半~21時
定休日なし

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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