このパンがすごい!

地震に噴火のダブルパンチ それでも南阿蘇で待ってます / めるころ

カイザーサンド サーモン&クリームチーズ

カイザーサンド サーモン&クリームチーズ

■めるころ(熊本県)

 20年前、店も人家もない阿蘇の山中で、原田雅之さんはパン屋をはじめた。「あんなところ客なんか誰も来ないからやめろ」と人からは言われたが、信念を貫き通した。やがて、阿蘇にくる人の多くがおみやげにパンを買って帰る人気店になった。

 2016年4月16日未明、熊本地震が起こった。オーブンの巨体が、がーんという音とともにつんのめり、ホイロ(発酵機)2台、冷蔵庫が倒れた。建物のタイルも骨組みも割れた。原田さんは森が揺れる音を聞いた。静寂の中に、地鳴りのように不気味に響き渡ったのは、阿蘇大橋が落ちる音だったという。

阿蘇の風景

阿蘇の風景

原田雅之シェフ

原田雅之シェフ

 大動脈だった橋が消え、南阿蘇村は陸の孤島になり、食糧すら手に入らなくなった。見るに見かねて、震災後3日目、系列の製菓製パン材料店「LaTa光の森店」のオーブンでパンを焼き、地元の人に配りはじめた。そのパンが被災した人たちにどれだけ感謝されたかは想像に難くない。

 「どこでも食べられて、ゴミが出ないし、火がいらないし、日持ちする。パンっていいな」と原田さんは自分の仕事の意味を再確認した。

 余震が続く中、崩壊した店に手を付けられなかった。すると、全国のパン屋さん、知り合いの業者さんが40人も集まり、後片付けをしてくれた。職人同士のなんという友情だろう。再開したのは約2カ月後の6月11日。不安なままの出発だった。観光客は少なく、村内で営業する店もあまりないのだから。それでも、自分が率先して店を開けることで復興への明かりを灯(とも)したいという思いだった。

 「20年目で、またゼロに返った。でも、ここで商売したから繁盛した。恩返ししなくちゃいけない」

 めるころに行くと、パンの香気とともに森の空気まで吸い込みながら、テラスで食べるサンドイッチがおいしい。

穀物のサンド ポテトサラダ&トマトチーズ

穀物のサンド ポテトサラダ&トマトチーズ

 穀物のサンド ポテトサラダ&トマトチーズ。ゴマやひまわりの種など穀物の香ばしさとじゃがいもの土っぽさが響きあう。ハード系パンの食べにくさはほとんどない。ふわりと舌に触れ、さわさわとたやすく裂けていく中身。チーズの甘さに支えられつつ、トマトが弾けて甘酸っぱいフレーバーで彩る。

 カイザーサンド サーモン&クリームチーズ。カイザーゼンメルは手頃な大きさもサンドイッチにぴったりな、ドイツのパン。乾いた表面が割れ、みしみしと歯が入っていく。表面の香ばしさがけしの実の香ばしさとシンクロ。それが、クリームチーズとスモークサーモンという定番のマリアージュを、さらに盛り上げる調味料となる。

ベルリナーラントブロート

ベルリナーラントブロート

 ライ麦入りのドイツパン、ベルリナーラントブロートには、パン職人としての実力を見せつけられる思いがした。ライ麦の香ばしさと、サワー種からやってくるやわらかな酸味が入り交じりすばらしい香りを奏でる。かりかりとせんべいほどにも快く鳴る皮。ライ麦のほろ苦さはスパイスのように舌を炙(あぶ)る。しっとりした中身が綿のように舌を包む。そして、キャラメルのような甘さで麦が溶けていく。

 いま九州ふっこう割を利用すれば、九州へ安く行ける。こんなときこそ南阿蘇を訪れてほしい。阿蘇大橋が崩落し、アクセスに時間がかかるようになって、観光で成り立ってきたこの村から客足が遠のいた。でも、ものは考えよう。迂回ルートであるグリーンロードは、山を越えるために、かえってすばらしい眺望を楽しめるのだから。 

 悲劇に畳みかけるように、10月8日、阿蘇山が噴火した。めるころは警戒範囲の外にあり、幸い火山灰などの被害もなく、変わらず営業をつづけて地元を勇気づけている。現地に行くことが、被災地へのいちばんの応援になる。

カイザーゼンメルとりんごパイ

カイザーゼンメルとりんごパイ

店内

店内

■めるころ
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽坂の上3765(通販あり)
0967-67-2056
9時~19時(12月~2月は18時まで)
木休(不定で連休あり)
※編集部注 現地を訪れる場合は、火山活動の状況に十分ご注意ください。阿蘇市ホームページはこちら

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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