花のない花屋

PL学園逆転初優勝の日、大変な思いをして生んでくれた母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
兼崎康代さん 38歳 女性
大阪府在住
教員

    ◇

1978年8月20日が私の誕生日。母は、毎年私の誕生日には、「アンタが生まれた日は暑かった~」を皮切りに、私が生まれた日の話をします。

私が生まれた家は、母方の祖母、母、父、私の4人家族でした。祖母は生まれたときから骨の首が悪く、38歳で寝たきりに。以来、母は高校を中退し、家業を手伝いながら祖母の介護をして暮らしていました。そんななか、母には「将来、かわいい女の子をひとりだけ生む!」という夢があったそうです。やがて父と結婚し、私を身ごもりましたが、介護をしながらの妊婦生活はすさまじかったそう。デイケアサービスなどない時代です。3回も流産しかけ、さらに私は破水せず羊膜に包まれた状態で生まれ、胎盤も出てこなかったために無理やり医師に出されて、出血多量で死にかけたとのことでした。

おまけに、その日は夏の高校野球 決勝戦の日。PL学園と高知商が対戦し、PL学園が初優勝して「逆転のPL」と呼ばれる由来となった試合です。私が生まれた時は、まさにその試合が始まろうとしているタイミングでした。大阪ということもあり、若い看護師さんたちはテレビへ走ってしまい、いろいろな意味で忘れがたい出産だったようです。

そんな大変な思いをして生んでくれた母へ、感謝の花束を贈りたいです。母にとって私は、思い描いていた女の子だったのかな? と思いますが、年を重ねるごとに、誕生日は母へ感謝する日だなと感じます。

母はピンクなどかわいいものが大好きです。誰が見ても「かわいい!」と思うような、ピンクをベースにした花束を作ってもらえないでしょうか。

  

花束を作った東信さんのコメント

「誰が見てもかわいいと思える花束を」とのことだったので、ご希望のピンクでまとめました。メインで使ったのは大ぶりのダリアです。中側がイエローになっていて、やさしい色のグラデーションが印象的です。ダリアのまわりを囲んでいるのが、同じピンクのカーネーションとトルコキキョウ。短く切ってぎゅっとまとめました。

ボリュームのあるリーフワークは2種類のゼラニウムです。手でこするといい香りがしますよ。シャリンバイの実もアクセントとして加えました。みずみずしいピンクとグリーンの組み合わせで、かわいらしさの中に大人っぽさも感じてもらえたら。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

     ◇

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

PL学園逆転初優勝の日、大変な思いをして生んでくれた母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

facebook

instagram

http://azumamakoto.com/

PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


家族が壊れそうな時、そばで支えてくれたおばあちゃんへ

一覧へ戻る

天国の夫と義理の両親へ 思い出の赤いバラを

RECOMMENDおすすめの記事