このパンがすごい!

新麦「春よ恋」、焼きの技術と出会い花ひらく / ブーランジェリー・ベー

べー(東京都)
日本の小麦への回帰。新麦を機会に、実力派のパン職人が、少しのあいだ離れていた国産小麦ともう一度向かい合った。10月20日に解禁された北海道産新麦。國島武人シェフが、新麦「春よ恋」を表現するアイテムはハードトースト。フランスパンと同じく、小麦、水、塩、パン酵母(加えてベーの場合、わずか1%の砂糖)という最小限の要素から作られる。副材料をそぎ落とし、麦の味と職人技で勝負するパンだ。
新麦「春よ恋」の力。常温で置かれているだけなのに、中身から白い小麦の香りが、漂いだしていた。鼻をつけて深呼吸。粉と水を合わせたときのような生々しい匂いがむせるほど。耳は、フランスパンの皮に近い、素の小麦の香ばしさ。中身のなんともやさしい食感。やわらかさと引っ張る力の絶妙な拮抗(きっこう)が快楽を生む。小麦の風味がふんぷんと巻き起こる。まるで粉そのもののような濃厚さで。そのあとから旨味(うまみ)がじゅるじゅると舌のあたりに溜(た)まる。食感に泣き、風味に悶(もだ)える。新麦と職人技の合体がネクストレベルを導いた。
「国産小麦は水を吸いにくいところがある。水と小麦を合わせて一晩置くことでしっかり吸水させています。水は近くの大泉名水をくみにいっています。軟水なのでふくらみにくいんですが(硬水のほうがグルテンが締まる作用がある)、逆にソフトな生地ができるので」
軟水を小麦の粒の芯までたっぷりとふくませることで、国産小麦ならではのもっちり感や口溶けをやさしく生かしているのだ。
ハードトーストの三変化。國島シェフが誇りとするのは焼きの技術。パンにとってもっとも重要なポジションは窯だと、そこから決して目を離さない。ハードトーストというひとつの生地から焼きと成形を駆使してまったく別のパンができあがる。
そのひとつはフォカッチャ。オリーブオイルのふりまかれた表面から旨味に満ちた香ばしさが立ち上り鼻をくすぐる。かりかりした皮に強めにふられた塩がぎゅんぎゅんきいて、旨味・甘みを強調する。噛(か)み応えのある皮がぷつんと弾けるや、つるつるとした舌触りのソフトな中身が、ハードトースト同様にじゅるじゅる溶け、清酒のようにまっさらな味わいはやがて甘く滲(にじ)む。
あんぱんでは、同じ生地がもちかまんじゅうに化ける。「春よ恋」ならでは、もちもち弾み、一方、練り込まれたゴマなどの穀物はばりばりサウンドを奏でる。ぷにゅうとあんこが飛び出す。その甘さは、国産小麦らしいお米をほうふつとさせる味わいと混ざりあい、すーっと吸い込まれて快感に変わる。それは私たちが子供の頃から慣れ親しんできたミクスチャー。まさに日本人のパンだ。
孤高の職人という感があった國島シェフが、地元とのコラボレーションを打ち出している。練馬区は意外にも農業が盛ん。ソーノは、地元農家・荘埜さんの柿を使っているところから名がつけられた。断面から漂うシナモン。皮かりかり中しっとり。みっちり重めの生地から滲むライ麦の香りは干し芋を思わせる。そこに熟した柿が甘くとろける。秋を濃密に香らせるマリアージュだ。
石神井公園の「自然派ワイン食堂クラクラ」とコラボしたキーマカレーパン。辛いというイメージを覆すのはおしゃれな甘さ。薄い皮の生地にさっくり歯が入ると、チャツネのフルーティーさが花開く。ひよこ豆がこりこりと砕けて、畑の滋味を甘くたなびかせて消えていく。あるいは、ワインの芳香、溶けこんだ香味野菜の甘さ、そしてパンの甘さ。それらが寄り集まってできた素敵な甘さの背後からスパイスがぴりぴりきいてくる。トッピングのパン粉からふりまかれたフレッシュなオリーブオイルがじゅーじゅー溶け出し、ヘルシーな焼きカレーながらこってりさでも満足させる。
開店から13年が過ぎ、地域の顔となったブーランジェリーベー。國島シェフの職人技にさまざまな素材や人の後押しが加わって、これからもっとおもしろい。

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■ブーランジェリー ベー
東京都練馬区東大泉3丁目16-32
03-5387-3522
10:00~19:00(日・月曜休み)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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