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一度も食べたことがない料理を、味わう。『紅茶と薔薇の日々』

紅茶とバラ1


撮影/馬場磨貴

 言わずと知れた森鷗外のまな娘、そして、無類の食いしん坊でも知られている森茉莉(まり)。彼女が幼い頃に舌で記憶したもの、巴里の下宿で味わったもの等、人生の中で味わい尽くした様々な料理に関するおいしさが詰まったアンソロジーです。

 茉莉が生きた明治から大正は、まだまだ西洋料理が日常の食卓に上がることは珍しい時代でした。しかし、若かりし頃からフランスやドイツで勉学に励んだ父を持つこの家庭では、幼少期からキャベツ巻き、コロッケ等の料理が食卓に並んでいました。そして、資生堂、三越、精養軒などの西洋料理店にも足を運んでいた彼女の舌の感覚は、こうした経験から出来上がっていったに違いありません。

 17歳になると資産家の息子、山田珠樹に嫁ぎます。そして突然、大家族の台所を任されることになります。しかし、それまで何もかも人任せだったお嬢様には、到底無理なお話です。そんな状況の中、手取り足取り料理を教えてくれたのは夫の父親の妾であった高野しのでした。その後、茉莉にとって料理を食べること、作ることの両方が日々の楽しさにつながっていきました。

紅茶2


『紅茶と薔薇の日々』森茉莉 早川茉莉 編 (ちくま文庫)799円(税込み)

 神田精養軒の主人の話、お芳さんの料理、巴里の料理、コーヒーやコッペの想い出、パッパ(鷗外)とのこと、チョコレエトや杏子のタルトレット、キイチゴとグミ、ライムのこと、それはそれは楽しい料理の話ばかり。茉莉は、「美味しいものでごはんをたべないと、小説がうまく行かない。」とまで言っています。相当な食いしん坊であることがわかります。

 そんな彼女の文章の魅力は、辛辣(しんらつ)でありながら、ユーモアもあり、五感をフル稼働させて書いている点です。なおかつ、繊細で、ロマンチストな少女性も垣間見え、それらをすべて内包した独特な「茉莉節」にグイグイと引き込まれていきます。

 一度も食べたことがない料理を、茉莉の言葉を借り、どんな見た目で、どんな味なのかをイメージしながら、頭の中で味わう時間は、きっと至福のひとときとなるに違いありません。

 読了後にはきっとあなたも、「何を作ろう?」「何を食べようかな?」と、食いしん坊になっていること間違いなしです。

(文中の引用「」内は原文のまま)

(文・大川 愛)

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蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき、一番おすすめの本を週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
間室道子(文学)
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岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
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川村啓子(児童書 自然科学)/重野 功(旅行)/羽根志美(アウトドア)
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大川 愛(おおかわ・あい)

二子玉川蔦屋家電、食コンシェルジュ。
書店・出版社で、主に実用書や絵本の担当を経験。
本に囲まれている環境が、自らにとって自然と感じる。

読書と芸術を同時に満喫する、欲張りな2冊。『若冲』『蔦屋』

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手仕事の喜びと、楽しみ。『アラン、ロンドン、フェアアイル 編みもの修学旅行』

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