東京の台所

<132>台所コンプレックスを解消させた意外な人物

〈住人プロフィール〉
会社員・40歳・女性
戸建て・2LDK+1F事務所スペース・田園都市線 池尻大橋駅(世田谷区)
築年数1年・入居1年・夫(インテリアデザイナー・38歳)、長女(5歳)、長男(2歳)の4人暮らし

    ◇

 実家が島根で大きな旅館を営んでいた。家族の台所はなく、食事は毎日、大きな厨房で従業員が作ったものを大勢で食べる。女将の母が忙しい分、ほかの大人がかまってくれた。だが、友だちの家に行くと、小さな台所でお母さんが料理をしている。それをみて「普通のお母さんは、こういうところでご飯を作ってくれるのか」と驚き、そして憧れた。
「母の味を知らないことが次第にコンプレックスになっていったんですね。うちは女中さんが作るって友だちに言えなかった。恥ずかしいと思ってしまったんです」
 中学になると弁当は自分で作るようになった。母から料理を教わったこともないし、得意料理も知らない。忙しく立ち働く母に代わり、食べたいものは自分で作るようになった。そのことを誰にも言わないまま、少女は大人になり、ギャラリーに就職し、美術の仕事をしている25歳のとき、インテリアデザイナーと恋に落ちた。彼女は目を大きく見開いて言う。
「その彼の母親が“ザ・スーパー主婦”だったんです!」
 大阪の彼の実家を訪ねた。台所は決して大きくはないが、コンロやシンクの隅々までピカピカに磨き上げられ、鍋やざるなど驚くほどたくさんの料理道具がしかるべきところに首尾良く収納されている。冷蔵庫の中には瓶詰めされた自家製のタレやジャムがぎっしり。何十年も愛用しているという食器棚から、アフリカ製の素焼きの皿や手縫いのコースターなど、ささやかな日々の道具にも楽しみながらこだわっている様子が垣間見えた。
「まさしくキッチンを愛して使っている人の空間。料理上手な人の台所でした。その日、心づくしのお料理でもてなしてくれて。普通の家のおもてなしってこういうふうにするんだと、また目から鱗でしたね」
 たとえば、実家で人をもてなすときは天ぷらやお刺し身がどーんと大皿に盛られて出てくる。彼の家では、刺し身はマリネにしたり、豚肉をマスタードで煮たり、ひと手間が加わる。すべてに必ずちょっと手間が入った創作料理なのだ。
「塩だけで煮た大根に、生ハムを乗せて食べるとか独創的なのです。テレビや雑誌で見かけて、それを自分流にアレンジするんですね。義母の料理と出会って、幼いときから感じていた自分に足りないものが初めて埋まった気がしました」
 病院の医療事務としてフルタイムで働く義母はまた、休憩時間に料理の下ごしらえをする時短料理の達人でもあった。
 結婚すると、義父母から包丁の老舗『有次』本店で買ったという名前入りの包丁を贈られた。帰省すると、「これ、おいしかったから」と新しいレシピのメモをもらうこともある。おしつけがましさはない。料理の喜びをシェアしたいという純粋な思いが伝わる。
 映画、小説、美術が好きで、話もよく合うという。
「今でも、いい映画を見ると真っ先にお義母さんにメールで感想を伝えます。帰省すると、待ってましたというようにお義母さんが観た美術展のパンフの束を差し出されるのです。小説もお互いにいいのがあると薦め合います」
 子どもの時、母親としたかったあれこれを、今やり直しているようなところがある。
 その忙しい実家の母は、出産したとき1通の手紙をくれた。
「この子には頼れる人はパパとママしかいないから、頑張ってね。と書いてありました。そのときはあまり理解できなかったのですが、子どもが二人になり私も仕事に追われながら子育てをしている今ならわかる。私には女中さんや従業員たちがいたけれど、娘には頼れる人が私しかいない、だからがんばりなさいという意味だったんですね」
 母もいっぱいいっぱいのなかで、ときに後ろ髪を引かれながら幼い子を従業員に託し、仕事場に戻っていくこともあっただろう。あれをしてやりたい、これを作ってあげたいという気持ちもあったはずだ。色んな人の手を借りて子育てと女将をこなしていた若き頃の母に思いを馳せた。
 形ややり方は違っても、どんな母も一生懸命、精一杯の愛を子に注ぐ。その愛の深さに、後から気づくことの方が多いのはどうしてだろう。
 最後に、少々気になっていたことを聞いた。
「初めて彼の家に行って、スーパー主婦のお母様を見たとき、こんなすごい人に育てられた人と結婚するのは気が引けませんでしたか? 母と同じレベルのものを求められたら困るなって」
 あははと彼女は笑いながら、即答した。
「自分が持っていないものを持っている人。この人となら結婚できる!って思いました」
 1年前、マイホームが完成。とりわけ台所は、コンロやコンセントなど隅々まで彼女の思い入れが詰まっていて、説明が止まらない。憧れていた家族の顔が見えるオープンキッチンの夢も叶った。義母の台所のように、彼女の城も、どこまでもピカピカでまぶしいのであった。

>>台所の写真はこちら

東京の台所バックナンバー

PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
<記事のご感想・メッセージはこちらへ>
http://www.kurashi-no-gara.com/

<131>食への興味と街の距離感

トップへ戻る

<133>入院で“美腸生活”にチェンジ

RECOMMENDおすすめの記事