book cafe

<54>酒と“文士料理” 築100年の古書店が再オープン

 「いろんな意味で僕は運がいい。理由もなく店がはやっていたということも、たぶん僕の精神性を腐らせていたところがあると思うんです」

 高円寺駅北口を出たところにある北中通り商店街の「コクテイル書房」の狩野俊さん(44)は、ここ数年、自分の中でもやもやしたものが強まっていくのを感じていた。

 18年前に国立で古書店をはじめ、6年前に今の場所に移ってきた。築100年の趣のある古い建物、文士が食べ、作品に描いたものを再現した“文士料理”、思想や哲学、文学など5千冊以上もの古本――。本や空間に心引かれた人が自然と集まり、作家を招いてのイベントも好評だった。店を営む者としては確かに恵まれてはいた。

 「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如(ごと)し、ということわざがありますが、それはいいことと悪いことが交互にくるという意味ではないと思っていて。悪いことはその人間を鍛え、そのあといいことが起こって福を呼び寄せたりすると思うんです。逆にいい環境にいると、甘えたり、だめになってしまったりするんだろうなと」

 狩野さんの“もやもや”は、思い返せばこの場所に移った時からあった。友人と2人で内装工事をしたが、急いでオープンさせたために中途半端な気持ちだけが残った。そこで今年4月に思い切っていったん店を閉じ、2週間の改装を経て再オープンすることに決めた。

 「国立の頃から『古本酒場コクテイル』と名乗っていたのですが、開業当時の『コクテイル書房』に戻すことに決めました。再オープンしてからも少しずつ作り込んでいき、未完成ではありますが、自分で満足のいく状態になってきています」

 店の名前を元に戻したのも、原点に戻りたかったからなのかもしれない、と狩野さん。

 「世の中に本好き、本読みと言われている人はたくさんいて、うちの店にもよく来てくださいます。語弊があることをあえて言うと、本読みにはある種の傲慢(ごうまん)さや愚かさがあると思うんです。でもそれは自分の中にもあるものなんだということに気づいたんです」

 本が好きで、自然の流れで古本屋を営み、気づけば20年近くになった。狩野さんも40歳を過ぎた。

 「体が動いて、ちゃんと考えられて、おいしく食べられるのもそう長くはない。中途半端なまま生きて何も得ることなく終わってしまうのは嫌だと思うようになったんです」

 そんな状態から、「自分を鍛え直したい」という気持ちが湧き上がってきたという。

 「まず僕自身が変わらなきゃいけないんだなって。本とどう対峙(たいじ)するかという前に、まずはお前がなんとかしろよ、と自分に言いたいんです」

 狩野さんは店を切り盛りする傍ら、「本が育てる街・高円寺」という活動にも携わっている。高円寺のさまざまな場所に本棚を設置し、自分の持っている本と交換できる「ブックシェア」や、本にまつわるイベントを行うことで、高円寺に本のコミュニティーを根付かせようという試みだ。

 「これをやりながら反省しているのは、自分の店を本のコミュニティーの場にできなければ、高円寺でできっこないということ。だからこそ、僕はいま店をちゃんとやらなければいけない」

 定番の“文士料理”はもちろんのこと、その時仕入れた食材で作る献立も丁寧に作る。いい酒をそろえる。イベントも、自分が本当にやりたいと思うものしかやらない。そうして自分を鍛え、店を整えていく。

 「お客さんは変化と安定を同時に求めていて、ものすごく変えると不安になる。いつ来ても同じような雰囲気が流れていて安心できるんだけど、少しずつ何かが違う。このさじ加減が重要で、それができればよくなっていくのかと。その先に何かあるかもしれませんね。あればいいけど」

おすすめの3冊

おすすめの3冊

『クラクラ日記』(著/坂口三千代)
坂口安吾の妻の回想録。「安吾は無頼派と言われているけど、一番無頼だったのは奥さんといたときじゃないかと思って。妻と一緒に暮らし、こすれ合って自由がなくなっていく中で、安吾はものすごくいい仕事をする。これは愛の書だと思っていて、もし三千代さんとの生活がなかったら安吾は歴史に残っていなかったんじゃないかとも思うんです」

『小林秀雄の恵み』(著/橋本治)
橋本治による小林秀雄論だが、小林晩年の大作『本居宣長』を通して、小林が本居を考える過程を、橋本が考えながら『本居宣長』を読む、という試みの一冊。「まず橋本治がすごく好きなんです。橋本治がどう考えているか、その思考の波に付き合うような形で読み進めていくので、橋本治の読書会に参加して本の読み方を教えてもらっているような楽しさがあります」

『事件屋稼業』(原作/関川夏央、画/谷口ジロー)
「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」を合い言葉にしている探偵の物語。「これは繰り返し読んでいる漫画で、なぜかはわからないけど、探偵ものが好きなんです。人の内面を知るのが探偵で、そういったところに惹かれるのかもしれません」

写真 石野明子

>>写真特集はこちら

book cafeのバックナンバーはこちら

    ◇

コクテイル書房
東京都杉並区高円寺北3-8-13
https://www.facebook.com/cocktail2013/
〈忙しい大人のための読書会〉
コクテイル書房で定期的に開催している読書会。短編をセレクトしているので、まさに「忙しい大人」にぴったりで、気軽に参加できるのが魅力。毎回、作品にちなんで出てくる料理を味わうのも、楽しみの一つ。

12月10日(土)
「人間の羊」(大江健三郎)

12月24日(土)
「ポテト・スープが大好きな猫」(著/テリー・ファリッシュ、絵/バリー・ルート、訳/村上春樹)

いずれも12時~、コクテイル書房で。
参加費は無料(ワンドリンクかワンフードを注文)

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

<53>“客の価値観”を本棚に編み込む新刊書店

トップへ戻る

<55>絵本好きの主婦が受け継いだ、子どもと大人をつなぐ店

RECOMMENDおすすめの記事