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<55>絵本好きの主婦が受け継いだ、子どもと大人をつなぐ店

<55>絵本好きの主婦が受け継いだ、子どもと大人をつなぐ店

 東京・大田区の住宅街の一角にある、白い家。オーナーの種村由美子さんがかつて暮らしていた自宅の1階を改装し、「ティール・グリーン in シード・ヴィレッジ」としてオープンしたのは2006年9月のこと。

 種村さんは、2男2女を育てる過程で絵本との接点ができた。子どもが4人ともなると、子育ての期間も長くなる。その間、主婦として家族を支え、地域活動にも従事したが、頭の片隅で「自分の世界を持ちたい」と思っていたという。

「絵本はすごく好きだったのですが、子どもはどんどん大きくなるから、読み聞かせる機会も減ってしまって。そこで、子どもと通っていた児童館に行って、『絵本を読ませてもらえませんか?』って言ってみたんです」

 以来、週に1回児童館に通って子どもたちに絵本を読むようになった。読み聞かせを通して、種村さん自身も絵本の魅力にひきこまれていった。シンプルな言葉と、豊かな表現力を持つ絵。悩みごとやつらいことがあっても、絵本を開けば心の支えになった。

 この活動を通じて、当時、大田区久が原にあった絵本とカードの専門店「ティール・グリーン」に通うようになった。オーナーの小林優子さんはデザイナーの傍ら、19年前に店をオープンさせた。「イギリスの本屋さんみたいで、とてもすてきな空間でした」と種村さんは振り返る。

 次第に小林さんとの交流が深まり、小林さんが仕事で店を空ける際はボランティアで店番をするまでになった。数年後、小林さんが諸事情で閉店を決意した時、種村さんは「この場所をなくしたくない」と強く思った。

 下の子どもが高校生になり、自分の人生について考える時期とも重なった。種村さんは家族に本屋を引き継ぐことを相談した。

「小林さんのそばにいて、本屋を営む大変さも見ていましたが、あのお店がなくなって寂しがるのは私だけじゃないと思ったんです。家族に話したら、私が絵本好きだったことを知っていたので、応援してくれるって言ってくれました」

 種村さんは自宅1階の改装を決意。中庭があり、通路で2部屋がつながる構造だったため、入り口に近い部屋を本屋として、奥の部屋をカフェとして使うことにした。約2千冊の絵本をそろえ(現在は約4千冊)、特に赤ちゃんから幼児が楽しめる絵本を充実させた。店内にはベンチや小さな椅子などを置き、子どもたちが自由に絵本を読めるようになっている。また、子供の年齢や好みにあわせた絵本選びの相談にも乗っている。

「絵本って親と赤ちゃんをつなぐツール。赤ちゃんに何を話しかけたらいいかわからないかもしれないけど、絵本の選び抜かれた言葉を読み聞かせることも、十分語りかけていることになるんじゃないかと思うんです」

 オープニングコンサートに詩人の谷川俊太郎さんを招き、店は再スタートを切った。東急多摩川線武蔵新田駅から徒歩4分の住宅街と、決していい立地とは言い難い。しかし、谷川さんがオープン時にくれた言葉が、種村さんの心の支えになった。

「谷川さんの『住宅街にあるという条件を逆手に取って、その中でできることをやったらいいんじゃないか? 詩の朗読会やコンサートなど文化を発信できる場所になればいい』というメッセージが、この店の道標になっているんです。最初はそんな大それたことを考えていなかったんですけど……」

 年に6回「コガモ倶楽部」というフリーペーパーを発行しておすすめの絵本を紹介。カフェスペースでは絵本の原画展やおはなし会、手仕事のワークショップなども開いている。

 店名の「ティール・グリーン」はコガモの雄の頭部にある濃い青緑色の名前で、「シード・ヴィレッジ」は“種村”のこと。

「久が原で生まれ育ったコガモが飛び立ち、着地したのが種村さんの家」と前オーナーの小林さんは称したとか。絵本をいっぱい背負ってきたコガモは、種村さんに大事にされ、多くの親子連れに愛されている。

おすすめの3冊

おすすめの3冊

『HOME』(絵/junaida)
「家」はただの入れ物ではなく、それぞれの家族にとって一軒一軒がまるでひとつの生命体のようだとずっと思ってきたアーティストによる、さまざまな家を描いた作品。「文字がなく、大人向けの絵本です。一人ひとりのイマジネーションが刺激されます。若い人はこれからの出来事を、年を重ねた人は懐かしい思い出を思い描くことができるんです」

『よるのかえりみち』(絵、著/みやこし あきこ)
静かな夜の街。昼間たくさん遊んでお母さんにだっこされて家に帰るウサギの男の子、窓からこぼれるあかりの向こうには、夜を思い思いに過ごす人々のものがたり。「窓のあかりがあって、それぞれのドラマがあって。夜寝る前に読んだら、心穏やかな気持ちで寝られると思います」

『めとめがあったら』(著/おくむら けんいち、絵/マッティ ピックヤムサ)
出てくるのはいろんな動物の親子。目と目があったら「にこっ」「と と と と」……。つられて同じ動作をするかわいらしい様子を描いた絵本。「単純な本だけど、すごくいいなって思うんです。本の紙が厚くて角が丸くなっているので、小さい子がかじったりなめたりしても安心なんです」

(写真 石野明子)

    ◇

ティール・グリーン in シード・ヴィレッジ
東京都大田区千鳥2−30−1
http://teal-green.com/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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