このパンがすごい!

自然の変化を受け入れて、理想のパンを作る/ベッカライ ビオブロート

フォルコンブロート

フォルコンブロート

■ベッカライ ビオブロート(兵庫)

 オーガニック材料を使った全粒粉のパンを供するベッカライビオブロート。その核となるパンがフォルコンブロート(小麦全粒粉100%のパン)。松崎太シェフが、ドイツ修行を通じて学び取り、開店後も常に磨きつづけてきた。湯種(お湯で小麦粉を混ぜて元種にする製法)を仕込み、低温高湿度下でゆっくりと熟成させ、できあがりまで3日をかける。

 フォルコンブロートを食べて感じるのは、思慮深さ。手にとってからそれを飲み込むまで、どの局面にも、作り手の気づかいと工夫の跡を感じることができる。石臼で自家製粉した全粒粉ならではのすがすがしい香り。心地よいコーヒーの香りを、もっとやさしくおだやかにしたら、このパンのようになるだろう。

 そして、食感。表面はかりかりと快い硬さを保ちつつ、中身は口に含んだ途端、正体不明にくにゃりと溶ける。老若男女誰もが食べやすいテクスチャーだ。

トーストブロート、クロワッサンなど

トーストブロート、クロワッサンなど

 フレーバーも他の追随を許さない。皮から甘みがあふれだし、香ばしさは豊かに鼻を抜ける。中身からも甘さ、わずかな酸味とともに、粉挽(ひ)き小屋の中に入ったときを思わせるような風味が口の中に渦巻く。穀物的だったり、ココアのようだったり、渋みだったり。それらのバランスには、小麦という食物におのずから備わった神の配剤を感じる。

 このパンを作るために、あらゆるオーガニック原料を試して行き着いたのは、北米産の玄麦だった。現状の国産小麦では、求めるレベルに届かないのか。そう感じていたとき、すぐれたオーガニック生産者との出会いがあった。

クロワッサン

クロワッサン

 2015年7月下旬、松崎さんは、北海道十勝にある中川泰一さんの畑を訪れた。時あたかも収穫期。見渡す限り広がる小麦畑はほぼ収穫が済んでいたが、一列(3m×100m)だけ麦を残しておいた。中川さんは松崎さんをコンバインにのせ、ハンドルを握らせて小麦の収穫を体験してもらった。すばらしい時間が過ぎた。化学肥料も農薬も使わない自然栽培の畑には、すがすがしい気が充満していたのだから。

 中川さんは松崎さんに自分の仕事を説明した。クローバーの種をまいて、それを鋤(す)きこんで肥料にすること。土の中にはたくさんのみみずや微生物がいて、彼らが土を耕し、小麦のための栄養を作ってくれること。雑草と見るやすべて排除するのではなく、1本1本を見て、小麦に害があるものだけ抜く。よく観察し、問題を発見し、合理的な工夫で乗り越える。小麦とパンという垣根を越えて、2人の仕事には多くの共通点がある。松崎さんと中川さんが出会い、引き寄せられたのは必然だったのかもしれない。

 その後、中川さんは松崎さんに試作のための麦を送った。キタノカオリ、ホクシン、ゆめちからの種を混ぜて畑に蒔いた「カムホ2015」。そのおいしさは松崎さんを満足させ、フォルコンブロートはカムホ100%でもときに作られるようになった(残念ながら中川さんの小麦に限りがあり、常に焼くことはできなかったのだ)。

シナモンロール

シナモンロール

ラントブロート

ラントブロート

 翌2016年、試練が訪れた。十勝を、長雨と低温が襲い、2つの台風がさらに追い打ちをかけた。せっかく実った小麦は立ったまま穂発芽した。こうなると、小麦の中の酵素が活性化して、でんぷんが糖に変わる。生地に粘りがなくなってふくらみにくくなり、小麦粉として用いられない。中川さんの1年の仕事が水泡に帰してしまう。

 特にキタノカオリは収穫期の雨に弱く、大きな被害に遭った。発芽したキタノカオリでパンを作れないかと、松崎さんは試行錯誤をつづけた。たどりついたのは、北米産80%にキタノカオリ20%のブレンド。噛(か)み締めると、草のような青っぽい風味が入り交じる。そこには、草を肥料にして育つ中川さんの小麦特有の味わいと理想のふくらみがともに表現されていると私は思った。

 自然は毎年、小麦の出来を変化させる。私たちはそれに気づかず、いつも同じパンが食べられると思い込んでいるが、その「常識」を実現するために、どんな負荷が自然や生産者にかかっているか知らない。変化を受け入れつつ、理想のパンを作ること。松崎さんの挑戦には、環境や農業のことも見据えざるをえない、これからのパン職人の生き方が示唆されている。

店内風景

店内風景

店内風景

店内風景

外観

外観

■ベッカライ・ビオブロート
兵庫県芦屋市宮塚町14-14 1F
0797-23-8923
9:00~18:30(火・水曜休)

    ◇

この連載をまとめた書籍 『日本全国 このパンがすごい! 』が発売されました。北海道から沖縄まで、各地のすごいパン屋さんを紹介する究極のパンガイド。連載記事を再構成し、新たな写真や「おすすめの食べ方」などのデータもたっぷり盛り込んだ保存版です。

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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