東京の台所

<140>7回の転居で悟った“家は軽く”の生活術

〈住人プロフィール〉
 主婦(女性)・37歳
 賃貸戸建て・3LDK・東急田園都市線 池尻大橋駅(目黒区)
 入居1年・築7年
 夫(42歳・医師)、長男(7歳)、長女(4歳)の4人暮らし

    ◇

 結婚8年で7回越した。医師の夫と、赴任先の福岡を永住の地と思ってマンションを購入したら、大学病院に呼び戻され、再び東京へ。賃貸で、1階から眺めの良い4階に越したこともある。
 度重なる転居で、彼女はたくさんの失敗の末に、無駄のない生活術を自己流に編み出すに至った。
 いま、根幹にあるのはこんなことだ。
「たくさん買っては、次の家に入り切らず、人にさしあげたり、処分の繰り返し。ものが多すぎて、引っ越しのたびに体調を崩すほどへとへとになる。これを自分はいつまで続けるんだろうと思ったらむなしくなって。もうたくさん持つことはやめようと決めました。思い出は大事だけど、“今”はもっと大事。今使うものだけを持つことにしました」
 開業医ではないので今後も転勤の可能性がある。現在の家も賃貸だ。そのたび、たくさんの荷物と移動するのに疲れきったらしい。
 元々福岡の実家は広くて、母ももの持ちだった。使わないものをいくらでもため込める蔵もある。その癖で、新婚時代も器や洋服やバッグなどあまり考えずに買っていた。だが、あるとき東京育ちの夫からこう言われた。
「思い出(の品をしまう場所)にも家賃がかかっている。東京はそういうところだよ」
 はっとした。夫は元からものを持ちたがらない人だった。東京の彼の実家も、おどろくほどものが少ないシンプルライフだ。
「義父母の家は、みごとなまでに、器も2人分でしかそろえていないのです。聞くと、子どもが巣立ち、夫婦2人暮らしでたくさん持つ必要はないと、思い切って断捨離をしたそうです。義母は、思い入れがあると片付けられないから、火事にあったと思って処分をしたと言っていました。ああ、東京で暮らすってこういうことかと目からうろこでした」

 今、彼女の台所には食器棚がない。シンクの上に出ているのは砂糖と塩のつぼだけ。鍋も、作り付けの収納棚に食品のストックなどと一緒に並べられ、特別高級なものはなく、数も少ない。
「毎日使うフライパンや、週に3~4回使う圧力鍋は劣化前提で、気軽に買い替えがきく安いものにしています。フライパンはギョーザをうまく焼けなくなったら買い替えどき。鍋はシンクの下に、というように収納場所を決めつけるのもやめました。入れられるところに入れる。だからうちは食器や食品と一緒なんです」
 専用の場所をもうけるといくらでも買いためることができる。ひとつ買ったらひとつ処分しなければならないような制限のあるスペースのほうが、自分の戒めになるというわけだ。たまにしか使わないおしゃれな高級鍋は持たず、毎日使えるレギュラー選手だけを持つ。
 特に器が好きだが、もう処分する苦しみを味わうのは嫌なので、よほどのことがない限り買い足さない。1枚で一つの料理でなく、多様な料理に対応できる用途の広いものを選ぶ。たとえば、お気に入りの小皿はよく見ると深みがあった。
「これだと汁ものものりますし、お菓子もおかずもなんでも似合う。すてきと思って買っても、のせるものがなければ、我が家では断捨離の対象で、お譲りしたりフリマに出します」
 今は、皿1枚であっても、すぐ買わずに1度家に帰って考える。持ってもいいという決心がついたら、あらためて買いに行く。おそらく、その時間で諦めのつくものもあるだろう。それは、すてきだけれど自分の家には縁の無いものだったのだ。
「重箱以外、大事だけど普段使わないものは、必要ないものと考えます。私にとっては、毎日使うものが大事なものです」

 取捨していると、自分の好きなものが見えてくる。行き着いたのは、シンプルな色とデザインのものになった。
 たとえば服も着回しのきくプレーンなものを買い、アクセサリーなどの装飾で変化をつける。そのほうが飽きがこないし、長く使える。
 文字にするとあたりまえのことばかりにみえるが、多くの女性は買い物が好きだ。新しいもの、流行だって気になる。7回の引っ越しでそこまでの境地に至るとは、興味深い。
「20代のときはお給料をなにに使っていたんだろうというくらい、あの頃買ったものが今、残っていなくて愕然(がくぜん)とします。残っているのはエルメスの時計ひとつだけ。もうすぐ40歳になりますが、ブランドがいいということではなく、40代、50代とこの先も長く大事に使えるものがいいものなんだなって思う。その場の衝動で安いものをたくさん買う生活はもういいです」

 それでもたまっていくので、服も靴も台所も、定期的に見直すらしい。
 持つのは一軍のみ。二軍、三軍は不要。……これ、持ち物だけでなく、いろんなことに通じそうである。

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(次回は3月29日に掲載の予定です)

◆「東京の台所」が厳選されてまとまった第2弾『男と女の台所』が、平凡社から出版されました。書き下ろしを含めた19の台所のお話はこちらから

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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