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<61>旅をしたくて始めた、鎌倉の旅行書専門店  

<61>旅をしたくて始めた、鎌倉の旅行書専門店  

 「実は旅らしい旅にほとんど行ったことがないんです」

 鎌倉の住宅街の一角に昨年7月オープンしたばかりの旅専門ブックカフェ「Trip・Drip」のオーナー、勝又純一郎さん(47)は驚きの一言を発した。

 生まれも育ちも鎌倉。小さい頃は、鎌倉駅東口から鶴岡八幡宮に続く小町通りで自転車の練習をしていた。この通りで親がスナックを営んでいたのを見て育ち、自分も漠然と同じ道を歩むものだと思っていた。そして、20代後半から親の店を手伝い、そのまま20年近く夜の仕事を続けてきた。

 スナックのオーナーとして客と会話を楽しんだり、深夜に知り合いの店を飲み歩いたりする生活はそれなりに充実したものだった。

 「でも、もういいかなと思ったんです。50歳になったら引退しようと」

 そんな時、友人から今の物件の話を聞いた。洋食店の2階で、とあるスナックのママが住んでいた場所だった。そこを見た時、「健康的に昼間の仕事をしてみてもいいかも」と思い、実行に移した。

 居住用の空間を改装し、古材などを生かした内装にし、店の奥の壁一面には本棚を作った。はじめは漫画喫茶を考えたが、「漫画はそれぞれの好みもあるし、難しそう」と思い、断念。ふと、勝又さんの頭の中に「旅」というキーワードが浮かんだ。

 「ずっと夜の仕事をやっていたし、長い休みが取れなかったから、せいぜい数日休んで香港やグアムに行くくらい。でも、これからはいろんなところに旅に行けたらいいなと思って」

 「旅好きが高じて」という理由で旅にまつわる店をオープンさせた――、というのはよくある話だが、勝又さんは自分が世界中を旅してみたくて、旅専門の店を作ることに決めたのだ。

 さまざまな書店を巡り、旅の本を読みあさった。海外旅行のガイドブックはもちろんのこと、居酒屋めぐりや散歩にまつわるエッセーや写真集、地図などを「まんべんなく」取り揃(そろ)えた。販売はしていないが、店内で自由に読むことができる。
  
 料理はスナック時代から作っていたため、腕に覚えはある。「旅のブックカフェだから、世界中の料理を食べられるようにしたい」と、手始めに用意したのはタイ料理のバッカパオとグリーンカレー。かつてスナックで働いていたタイ人の女の子が教えてくれた、本場の味だ。

 店名にもなっている“Drip”についてだが、当然のことながらスナックでは本格的なコーヒーを出すことはなかった。「やっぱりカフェだからおいしいコーヒーを出したい」と、コーヒーの淹(い)れ方も一から勉強。

 「コーヒーは全然詳しくなかったのですが、ライトで飲みやすく、後味がさっぱりするコーヒーがいいと思って、オリジナルブレンドのコーヒーを用意しました。コーヒーを淹れるのもやってみると楽しいですね」

 そして昨年末、初めてベトナムを旅した。空港に到着して数時間後に携帯電話をすられてしまうという散々なスタートだったが、店の新メニュー研究のためにバインミーを食べたり、本場のベトナム料理を味わったりと充実の時間を過ごした。

 パソコンに疎く、今まではろくに使えなかったが、若いアルバイトスタッフに教えてもらいつつ、フェイスブックやインスタグラムでの情報発信も始めた。

 「毎日が面白いんですよ。新しいメニューを開発して増やしていきたいし、旅の情報交換ができるノートも作りたい。いろいろやりたいことがあるんです。あと、鎌倉のことだけはたくさん知っているから、僕がお客さんに教えたりすることもできます」

 50歳を目前に、働き方や仕事内容を180度変えた勝又さん。旅もコーヒーもSNSも、「何もかもが新鮮」と話す姿を見ていると、人生の旅はいつでも始めることができるんだと教えてくれているような気がした。

■おすすめの3冊

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『昭和の鎌倉風景 around 1955』(著/竹腰眞一)
鎌倉に生まれ育ったひとりの写真愛好家が撮り続けた、昭和の鎌倉が垣間見える写真集。「昭和30年代の鎌倉の風景がいっぱい載っているのですが、僕が見覚えのあるところも多く、とても懐かしいんです。今も変わっていない場所もあります」

『世界中で危ない目に遭ってきました』(著/荒井奈央)
累計70 万部を超える「危ない旅行書」シリーズ。女性バックパッカーが“もうお嫁にいけない”ような仰天エピソードをつづった一冊。「すごくパワフルな女性で、どこにでも飛び込んでいくんです。バイタリティーがあって面白いし、特に女性に読んでもらいたいです!」

『地球の食卓―世界24か国の家族のごはん』(著/ピーター・メンツェル、フェイス・ダルージオ、訳/みつぢまちこ)
世界24カ国の家族1週間分の食品のポートレートや、食事風景を中心としたルポルタージュ。「それぞれの家庭の1週間分の食材や自慢のレシピ、市場の写真などが載っていて、たくさんの内容が詰まった一冊。じっくり読むと数日かかりますが、世界各国のいろんな食文化が垣間見えて面白いんです。メニュー作りの参考にもしています」

(写真 山本倫子)

    ◇

Trip・Drip
神奈川県鎌倉市御成町9-42-2F
http://trip-drip.com/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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