このパンがすごい!

丁寧な仕事が、何気ない素材をごちそうに変える/ハツタツ

パテドカンパーニュ

パテドカンパーニュ

■ハツタツ(大阪)

 大阪・梅田の北の外れ。才人がひっそり店を開いていた。若き日にフランスやスイスで、MOF(フランス国家最優秀職人)や三ツ星のパン屋、料理人のもとをまわった宮本秀二さん。ハツタツのパンは、クラシックなフランス料理への愛を感じさせる。

 「下町のお店なので、攻めているわけじゃないんです。特別な材料はなにも使っていませんが、玉ねぎ1個、ニンジン1個でも大事に作れば、おいしいものはできると思うんです」

焼きあがったばかりのパテ・ド・カンパーニュ。

焼きあがったばかりのパテ・ド・カンパーニュ

 パテ・ド・カンパーニュは他の店のものとひと味もふた味もちがっていた。大きくはみだすパテカンが、肉欲に着火する。主役のパテカンにある肉味の迫力と脂のとろけ。ピクルスにあるワインヴィネガーはまろやかさを、ケイパーの酸味と黒ごしょうの尖(とが)りはアクセントに。歯切れのいいチャバタも好演。脇役陣の、分をわきまえた好演で、主役のパテカンが活きている。

 それにしても、深みとふんわりした甘さのあるパテカンだった。ブルーチーズのような芳香さえ漂っていたのだ。

 「豚の足と腿(もも)の肉を干して熟成させて作ってるからじゃないですか? 保存料なんかも使ってませんし」といいながら、宮本さんはずっしりと重いれんがを私に持たせた。テリーヌ型の上にこれをのせて空気を抜くと変色を防げるのだという。それから、材料として示したのが、タッパーの中の赤黒いペースト。「たまねぎを炒めてキャラメリゼしたものです。これで段ボール1個分の玉ねぎです」(写真参照)

ダンボール1個分の玉ねぎをキャラメリゼしたものが右のペースト。ダンボールの大きさと比較すると、その仕事のたいへんさが一目瞭然。

ダンボール1個分の玉ねぎをキャラメリゼしたものが右のペースト。ダンボールの大きさと比較すると、その仕事のたいへんさが一目瞭然

 容積でいえば1/10以下。こんなに水分を飛ばすまで、一体どれだけ混ぜつづけねばならないのだろう。私だったらできあがる前に腕が痛くなり、あきらめてしまうだろう。一口なめると、甘さや旨味の他に、ブランデーのような芳香を感じた。玉ねぎの中にこんな味わいが潜んでいたことに感動した。

鶏のクリームレバーペースト

鶏のクリームレバーペースト

 鶏のクリームレバーペースト。レバーならではの風味は癖がなく、まろやかさが宿っている。サンド用に細く成形した、さっくりとした食感のブリオッシュ。そのバター感がレバーをさらに甘くしている。プライスカードにあった「めざせフォアグラ!みたいな気持ちで」という言葉の意味がわかった。鶏レバーのペーストも、見えないひと手間によって極上のものに変えられている。

 「鶏レバーをそうじしてペーストにしたものを湯煎で火を入れていきます。それぐらいの手間でおいしくなるんです」

ブランダード

ブランダード

 もうひとつ、ブリオッシュではさんだサンドイッチ、ブランダード。干し鱈(だら)とじゃがいもを合わせたピューレのことである。軽いさっぱりとした味わいの中に静かに魚の風味やダシ感が鼻を抜けていくのがわかる。とりのクリームレバーペーストもしかりだが、濃すぎない味わいのこれらのペーストは、他の味わいを覆い隠さず、パンを引き立て、おいしくしていた。

 鶏胸肉のヴァプール・ソーストン。蒸し鶏にツナのソースを合わせている。肉と魚の組み合わせ? と思ったら、食べて納得。ツナのやさしいコクとスモーキーな香りが、ヴィネガーの軽い酸味とあいまって胸肉にとても合う。

鶏胸肉のヴァプール ソーストン

鶏胸肉のヴァプール ソーストン

 使用されるパン・オ・セーグルがもっちりで歯切れいいのもサンドイッチにうってつけ。食感を感じるのに、口溶けがよくて食べやすいのだ。ポーリッシュという水分の多い種を前日に作っている。これを80%(対粉比)も入れることで、小麦粉の芯までしっとりさせ、麦のもつ発酵の力に火をつける。

 宮本さんは、常連さんがくるたび、作業の手を止め、走って出ていく。丁寧にあいさつするだけで、うんちくをひけらかすこともない。

 「料理ってすごくおもしろいんですよ。ただワインを入れるんでなく、煮詰めてから入れたら隠し味になったり。玉ねぎのキャラメリゼもそうですよね。たかが玉ねぎ、されど玉ねぎ。それが好きなだけで、お客さんに言おうとは思わないんです。言ってしまうとおもしろくないでしょ」

 ハツタツにくるお客さんは、自分が食べているパンに、どれほどの手間が注ぎ込まれているか知らない。でも、それこそが宮本さんの誇りなのである。

外観

外観

■ハツタツ
大阪市北区中津1丁目9-16
06-6486-9299
11:00~19:00 日曜休み

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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