「若いときから経験と体感を」 ユナイテッドアローズ 名誉会長 重松理さんPR

「若いときから経験と体感を」 ユナイテッドアローズ 名誉会長 重松理さん

重松 理さん

学生時代からつねに洋服というものが自分のライフスタイルの中心にあったという、ユナイテッドアローズの名誉会長・重松理さん。天職とばかりにその道に進み、日本ではまだ珍しかったセレクトショップという業態を切り開き、築き上げてきました。
重松さんは、明治学院大学の卒業生。大学時代や社会に出た頃に得た、自身の礎となる数々の経験について、お話をうかがいました。

社会と交わることに飢えていた大学時代

「若いときから経験と体感を」 ユナイテッドアローズ 名誉会長 重松理さん

――ご自身の学生時代について教えていただけますか。

私が生まれた逗子には、当時米軍の居留区がありました。米軍の人たちがたくさん住んでいて、リアルなアメリカの文化がすぐそばにあった。彼らの着ている服を常にとなりで見てきて、それが自分の仕事、なりわいになったと思っています。

小学校6年生のときに、初めてブルージーンズを買って。それから高校、大学と、アルバイトをして洋服を買うのがライフワークのようなものでした。肉体労働がいちばんお金になったので、工事現場のバイトもやりましたね。当時は学生運動も盛んで、大学には5年通いましたが、そのうち3年ぐらいは封鎖されていたんじゃないかな。ですから、実はほとんど大学には行っていなかったんです。

――明治学院大学を選ばれたのは、どうしてだったのですか?

それは、おしゃれな先輩がいたからです。『メンズクラブ』という雑誌に、「キャンパスのアイビーリーガーズ」みたいなページがあって。慶応と立教と上智、青山学院、それと明学が載っていて、かっこよかったんです。それでこういう大学でキャンパスライフを過ごしてみたい、と思って明学にしました。

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1992年、バイイングで米国ロサンゼルスを訪れたときの一枚

――卒業後は婦人服メーカーに就職されます。その後、ビームスの立ち上げ、ユナイテッドアローズの創業と、ファッションビジネスをリードしてこられるわけですが、就職のときの思いを聞かせていただけますか。

社会に出るという意識もあまりなかったですね。ほかにやりたいこともないから仕事しよう、という感じで。社会と遮断されたような大学時代だったから、社会と交わることに飢えていたような気がします。

アパレルの企業をいろいろ受けましたけど、大手は全部落ちて。でもとにかく自分の好きなことがしたいし、好きなことはファッションしかない。よく、本当に好きなことは趣味として残して、2番目に好きなことを仕事にしろとか言いますよね。私の場合はまったくそうではなくて。自分には洋服しかなかったし、洋服しかできなかった。一旗揚げたいとか、そんなふうに思ったこともありませんでした。

経験の蓄積によって、違いを見極められるようになる

――セレクトショップという形態はいまや私たちの生活に根付いていますし、そのなかで数々の新規事業も成功させてこられました。その要因は?

私は、価値創造というのは、違いを見極められることがベースにあると思っています。違いを際立たせて、優位性として表現し提供できれば、それが価値になる。これはすべてのビジネスに言えることです。違いを見極めるには、経験の蓄積しかありません。

私は大学にはほとんど行ってなかったけれども、その時代にものすごくたくさんの人と出会って、貴重な体験をしました。グランド・ファンク・レイルロードやピンク・フロイドなど、60年代、70年代のロックバンドの最初の来日公演にも行きました。やはりファッションも文化ですから、そうしたものから受けたカルチャーショックとか、自分の中で沈殿されたものが、ファッションビジネスでは非常に役に立ちます。違いがわかるということは、とても貴重な能力だと思うんです。広くいろんなものを見た大学時代が、社会に出てからとても財産になったと感じています。

――そうしたことは、今の時代においても変わらないものでしょうか。

私はまったく変わらないと思っています。これだけ多様化して、情報があふれている時代ですが、それでも得られない情報はある。100%全部共有できるものではありませんから。貪欲に情報を得に行くというのは、マーケティング型の発想ですが、正攻法だと私は思っています。

もうひとつは真逆のやり方で、まったく他を見ずに、自分の強いところを掘り下げて、絶対的な価値をそこに作り上げる方法。ビジネスの成功には、その二つの方法のどちらかしかないと思います。新入社員の人たちにも、自分のいちばんの強み、絶対に人に負けないことを見極めて、掘り下げてほしいといつも伝えています。それを社会の問題解決につなげられれば、仕事は絶対うまくいきます。

お客様の満足のために、たくさんの引き出しを持つ

――ファッションビジネスも、問題解決という側面がある、と。

我々は小売業ですから、それを店頭でお客様の満足として提供できるかどうか。お客様が店に入ってこられたら、今日は何をお求めか、何をお探しなのか、まずは行動を見ます。迷っていたり、わからないことがあったりしそうなら、そのタイミングでお声がけして、自分の持っている引き出しから、お客様の期待を上回る接客をして、商品をお届けする。そのためにたくさん引き出しを持たなきゃいけない。引き出しを持つためには、経験してモノを触って、体感することが重要です。

――いまの若い世代をご覧になって、物足りなさなども感じますか。

私たちの上の世代も私たちを見てそう思っていただろうから、そんなことは今さら言いません。ただ、これだけ情報過多な時代にいると、やはり飢餓感がないようには思います。要するに、恵まれすぎている。我々の時代とは正反対ですよね。我々は戦後間もなく生まれ育って、ある種の飢餓感が原動力になってきた世代です。となりにあったアメリカ文化はとても豊かで、あまりの差に衝撃を受けた。小売を始めたきっかけも、豊かさの文化的背景を、商品を通して紹介したかったから。
ビームスは「アメリカンライフショップ」という形でスタートさせました。「どうして日本にはこれがないんだろう。よし、持ってこよう」という思いから始まったんです。

「若いときから経験と体感を」 ユナイテッドアローズ 名誉会長 重松理さん

1990年にオープンしたユナイテッドアローズ1号店

「知る」ことよりも、「見て感じる」ことを

――飢餓感を持ちづらい時代に生きる、いまの学生たちや、学生を育てる大学にアドバイスはありますか。

社会の中で何をしたいかを考えるきっかけが、大学のなかで仕組みとしてあるとよいと思います。自分のやりたいことが明確になっていない人は、それに到達するまでが大変です。何が自分の強みか、コアコンピタンスになるかというのを絞り込んで、全力をそこに傾けるのが成功へのいちばんの近道ですから、集中するものがなかなか定まらないのはもったいない。

いろんなものを見る、そういう機会を作るために、時にはペンを置き、バックパックを背負って世界を歩くことも重要です。私は学生時代、本当に勉強していなくて、知識もすごく少なかったけれども、ほかの人が持っていない知識を持っていた。それでここまでこられた。擬似的に体験するようなものが今は多くありますが、インターネットや本というのは2次元です。3次元で見たもの、自分の足で稼いで、経験したことにはかなわない。「知る」ことよりも、「見て感じる」ことを大事にしてほしいと思います。
(文/高橋有紀 写真/山本倫子)

重松 理(しげまつ・おさむ)
1949年神奈川県生まれ。明治学院大学経済学部卒業。婦人服メーカーを経て76年にセレクトショップの草分け「BEAMS」の立ち上げに携わる。89年、ワールドとの共同出資でユナイテッドアローズを設立し、代表取締役社長に就任。2004年、取締役会長に就任し、2014年から名誉会長。

教育理念“Do for Others”を実現するために

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今から150年以上前の1863(文久3)年、J.C.ヘボン博士が横浜に開設した英学塾「ヘボン塾」が明治学院の淵源です。建学の精神「キリスト教による人格教育」のもと、ヘボン博士の生涯を貫く信念である“Do for Others(他者への貢献)”を教育理念として、時代を切り拓く人々を育ててきました。明治学院大学は国際交流、ボランティア、キャリア教育など、さまざまな取り組みにも力を入れ、これからも社会への貢献をめざします。

未来を作るのは今の自分。学びと好奇心と出会いのトビラを開けば、新しい自分が目ざめます。

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<13>原点は「自分から逃げ出したこと」だった ~CHICCA(後編)

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