このパンがすごい!

とろける旨味、水分たっぷりの名物パン/ブランジュリ ノアン

ブランジュリ ノアン
(福岡)

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福岡の人にとっての糸島は、東京の人にとっての湘南と同じだと聞いた。博多から高速を使って1時間足らず。うつくしい海があり、おいしい野菜や海の幸があるリゾートなのだと。最近パン屋が増えているところも似ている。

ブランジュリ ノアンは開店してまだ約1年。にもかかわらず、土日ともなればお客さんがひっきりなし。この店には名物パンがある。水分量が110%(小麦粉に対して)のパン・ド・ロデヴ。普通のパンのほとんど倍に近い量だ。それはどんな効果を生んでいるのか。
中身を見よ。おもしろいほどぼこぼこと気泡が空いて、その膜は薄く伸びて光を透かしつややかに輝いている。国産小麦ならではの香ばしさが濃厚に立ち上って、いかにも高温で焼き切った様子。たまらず齧(かじ)りつく。噛(か)めば噛むほど旨味(うまみ)がちょちょぎれる、スルメ的な皮。一方つるつるなよなよと舌に触れる中身は、噛まずにとろりーと溶ける。あふれだす旨味、甘み、塩気。おだやかであり、それぞれの要素が均衡して揺れ動くシーソーのような感覚。わずかな酸味がそれらにくっきりと輪郭を描く。じゅるりと飲み込むパンの汁(高加水のパンならではの現象)がたいへん心地いい。

田村秀亮シェフに製法を聞いたとき耳を疑った。これだけの水を生地になじませるため1時間近くもミキシングを行うという。

「まず8分ミキシングして、水分80%のバゲット生地を作ったあと、約40分かけて残りの30%の水をすごくじわりじわり入れながらミキシングします。最初に水100%で試作したとき、衝撃が足りないなと思ったんです」

水分80%のバゲット生地(これも標準からすれば十分に水が多い)が基本となっている。北海道産キタノカオリが70%に、地元・福岡県産ミナミノカオリが30%。このブレンドが黄金律なのだという。キタノカオリのもつもちもち感や濃厚な甘さをミナミノカオリが食べやすく喉ごしいいものにしている。

「イチジクとグリーンレーズン」は、ロデヴにドライの白イチジクとグリーンレーズンを入れたパン。噛むたびにドライフルーツの甘酸っぱいジュースが噴出、とろける麦の味わいにフルーティな色彩を吹きかけていく。皮の香ばしさ、かりかり感が絶妙なアクセント。心地いいことこの上ない。

糸島といえば食材豊富な地。ノアンでは糸島野菜を使ったパンもラインアップに加えている。黒豚と菜の花のフォカッチャもそのひとつ。パンの上に黒豚のスライス、その上に菜の花がのる。豚肉の旨味と塩気、菜の花の春の香り。ぷりっとやわらかく、黄色い甘さを広げる小麦の味わい。具材から出る汁気がお互いに侵食しあって混ざり合う。ただ載せただけのように見え、窯(かま)の火が調理してくれているのだ。

糸島産の卵を使用したたまごサンド。食パンの清らかさ、白さが印象的だった。ふわっとして、しゅっと溶けて、ほのかにミルキーさを滲(にじ)ませる。癖も嫌味もなく、他の具材を邪魔することもない、引き算のパン。ロデヴとはまったくちがうアプローチでさりげなくすごいパンを作る、田村シェフの手腕にうなった。

ブランジュリ ノアン
福岡県糸島市篠原西1-9-10
092-322-6606
7:00~18:00(火曜休み)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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