パリの外国ごはん

辛くても優しいモーリシャス食堂 「La Caravelle」

  

イラスト・室田万央里


  

イラスト・室田万央里


  

イラスト・室田万央里

 パリ在住のフードライター・川村明子さんと、友人でやはりパリ在住の料理家・室田万央里さんによるレストラン探訪記「パリの外国ごはん」を、これから隔週でお届けします。おいしいレストランがひしめき合うパリで、2人がいま気になる外国料理のお店を訪れて、その料理とオーナーの人柄に迫る新連載、第1回は、川村さんが「ずっと気になっていた」というモーリシャス料理から――。
    ◇
 9区と10区の境にあるフォブール・ポワッソニエール通り。数年前から人気店が軒を連ね、最近では入れ替わりも激しく、気づくとお店が変わっている。そんな中で、この通りが注目され始める前からずっと同じ店構えで気になっていたところがある。ランチタイムに前を通ると、程よくいつもお客さんが入っていて、日本でいうなら地元の人が通うおそば屋さんのような、力んだ感じのない、ちょっとのどかな空気が漂っていた。でも、何年も気になりながら一度も入ったことがなかったのは、モーリシャス料理、と看板にあったからだ。色濃い地元感と、ちょっと距離感のある料理に、思い切ることができないままでいた。

きっかけは「青唐辛子とライム、しょうがを合わせたペースト」

 きっかけは万央里ちゃんがラ・シャペル通りにあるインド食材店に連れて行ってくれたことだ。目当ては彼女がはまっていたレユニオン島産のフレッシュなペースト。行ってみると、赤唐辛子と玉ねぎ入りや、マンゴーがベースのものなど、添加物の入っていない、手作り感満載の瓶詰めが何種類も並んでいた。

 それとは別に私が興味を引かれたのは、モーリシャス産のスパイスがいくつか置かれた棚。その中に、青唐辛子とライム、しょうがを合わせたペーストがあった。色もきれいで、私はその瓶を購入した。それで、帰ってから少しモーリシャス島のことを調べたのだ。

 どうやらインドの貿易の重要拠点のひとつで、モーリシャス島には多くのインド人が暮らしているらしい。パリのインド食材店にフレッシュなモーリシャス産のスパイスが売っているということは、モーリシャス出身のインド人も少なからずいるということなのだろう。買ったペーストは想像以上においしくて、いろんな組み合わせで楽しめた。グリーンカレーペーストの代わりに使ったり、より爽やかなゆずコショウのような感覚で、焼いたお肉にも合う。パスタにも、アジアの麺とも好相性だった。おかげで、私の中で一気にモーリシャス島が近くなった。

 それで数日後、私は万央里ちゃんを連れだって、モーリシャス料理店のランチに訪れることにしたのだ。

 その日もやはり30席ほどの店内は、程よいにぎわいだった。ランチは、いくつかの料理が黒板に書かれ、前菜+メインで13ユーロ。前菜に限ってはモーリシャスとは関係のないネム(ライスペーパーのベトナム風揚げ春巻き)と、アクラ(塩タラを使ったポルトガルのコロッケ)。メインは、クレオール風ブーダン、カレーなどこちらのスペシャリテと思われる料理がラインアップされている。インド食材店の辛みペーストが頭にある私たちは「この中で、辛いお料理はどれですか?」と聞いてみた。すると「辛い料理はひとつもないけど、辛いのが食べたいなら、してあげるよ」と。そこで、万央里ちゃんがトマトソースを使っている「ルガイユ」というお料理を、私は「鶏のグリル、ライム風味」を注文した。

 まず運ばれてきたネムとアクラは、揚げられたその姿に丁寧さがにじみ出ていた。食べてみると実際、優しい味わい。ただ、添えられてきたのがよくあるアジアのスイートチリソースで、「これがメインにも付いてくるのか?」とほんの少し不安がよぎった。それでも「ま、そしたらそれはそれで」と思えちゃう空気がここにはあって、二つともとてもおいしかった。

 続いてのメインは、どちらもパラパラの長粒米とサラダの添えられたワンプレートごはん。鶏のグリルは迫力ある様相とボリュームで、他のテーブルにもいちばん多く出ていたお皿だった。そこに、「はい、辛いソース」と小皿が置かれた。すりおろした玉ねぎに、青唐辛子が入っているようだ。「これ、辛くない」と言うが早いか、「うわっ、きた。これ、後から来る」と早速味見をした万央里ちゃんがうなった。私は、骨つきのまま出てきた鶏を解体。ほろほろと簡単にほぐれたその感じは、まずじっくりコンフィにして、それからグリルしたのだなと思われた。意外にチキンもスパイシー。「これ、結構辛いよ」と言うと「うん、だって、私たちの、刻んだ青唐辛子が加えられてるもん」と万央里ちゃんが言った。

ボリュームたっぷりだけど、夜にはちゃんとおなかがすくなと感じるお料理

 隣のテーブルのお皿を見渡すと、私たちのお料理に自然に混じっている緑のかけらが、なかった。そうか、私たちが辛いのを食べたいって言ったから、青唐辛子を加えたのか。それにプラスで、このスパイシー玉ねぎソースも出してくれたのか。じんわり汗をかくくらいの辛みはありながらも優しくて、ボリュームもたっぷりだけど、夜にはちゃんとおなかがすくなと感じる、もたれそうな印象のまったくないお料理。

 アジアンレストランなら不思議はないけれど、赤白チェックのテーブルクロスがかかったお店で、店内の全員がお米の添えられたプレートを食べている光景に、フランスってふつうにお米を食べるんだよなぁと、改めてその食文化を思った。デザートに頼んだマンゴーの自家製タルトも、素朴な甘みで、最後まで優しさを感じるごはんだった。

 食後、サービスをしてくれていた男性が、最後のお客となった私たちに「日本人?」と話しかけてきた。私の背中越しに座って、すでに休憩していた女性が奥さんで、料理は2人で用意しているのだという。営業が始まると、奥さんが厨房(ちゅうぼう)、ご主人がサービスを担当。にこにこした2人に、インド食材店で見つけたモーリシャス産のペーストがおいしかったから、お店でも辛くておいしいものがあるかな、と食べてみたかったと話すと、「あぁ」とそろってうなずいた。

 後日再訪して分かったのだが、2人はスリランカの方だった。すでにフランスに来て30年。2000年にモーリシャス料理店だったこの店を買い取った。この場所に来るお客さんはモーリシャス料理が目当てだったから、メニューもそのまま引き継いだのだそう。それに「ラ・シャペル通りに行けば、スリランカ料理の店はいくつもあるからね」とご主人は笑った。
 パリで、夫婦2人だけで切り盛りしているお店は、かなり珍しい。あの穏やかな空気の流れる食堂が、移り変わりの激しい通りのなかで、ずっとあり続けてほしいなぁ。

パリ1-2

■La Caravelle(ラ・キャラヴェル)
52, rue du Faubourg Poissonnière 75010 Paris
01 47 70 21 72
12:00~15:00
土・日休み

*伊勢丹新宿店で4月12日から始まる「フランスウィーク」に際し、川村さんが「パリ在住フードライター・川村明子の食レポ」を寄稿しています。こちらはどっぷり、フランスらしい食材店のご紹介です。ぜひご覧ください。
http://www.isetanguide.com/20170412/france/04.html

PROFILE

  • 川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、昨年末に『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)を出版。
    日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

    https://www.instagram.com/mlleakiko/
    http://mespetitsdejeuners.blogspot.com/

  • 室田万央里(イラスト)

    無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
    17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
    モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
    イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
    野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
    Instagram @maorimurota

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蒸し鶏を目当てに、13区へ。「Imperial Choisy 美麗都酒家」

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