MUSIC TALK

ピアノを遊び、音を遊びながら暮らす 高木正勝(後編)

音楽家として映像作家として描き出す美しい世界が、国内外から高く支持される高木正勝さん。3年半前に山間の里山に移り住み、豊かな自然に触れながらみずみずしい作品を生み出している。田舎暮らしで得たもの、創作、ピアノへの思いを語る。(文・中津海麻子)
    ◇
前編から続く

ピアノさえあればいいと思うようになった

――映像作家として音楽家として多くの作品を手がけながら、実は「10年ぐらいはよくわからないままやっていた」というお話がありました。迷いが晴れたきっかけはあったのですか?
ソロとしてデビューしてから、写真や映像に自信があって音楽は気楽に、という時期がありました。肩書も「映像作家」の方がしっくりきてたのですが、東日本大震災が起きる直前ぐらいから「映像いらないかも」と思うようになった。それは、たとえ他に何もなくてもピアノさえ弾ければ自分は幸せだなと。そんな単純なことに気がついたから。
その直前に前の妻と離婚したことが大きかったのかもしれません。AOKIくんにユニットをやめたいと一方的に告げたように、それまでの僕は自分の人生は自分のタイミングで決めてきました。初めて相手から終わりを突きつけられ、どうしていいのかわからなくなってしまった。昨日まで普通にご飯食べてたのに、なんでご飯食べるんやったけな? って疑問に思ったり、音楽もなんでこの曲がいいと思って作ったんだろう? とか。すべてが一度リセットされてしまったんです。
それまでいつも誰かがいる生活で、経験したことのない一人だけの時間が生まれ、とにかくピアノを弾きました。すごく集中して、家ごと弾いているような感覚を覚えた。こう弾くと音が増幅して家が揺れる、でもこうすると揺れない、と、まるで音の波を研究する科学者みたいに。すると心がどんどん静かになっていき、もう誰に評価されなくても、ピアノさえ弾いていれば身一つでも生きていけるという手応えが持てたのです。

この感じをコンサートでやりたい。映像なんていらない。布が1枚あって、風にふわふわと揺れているだけでいい――。そんな思いで臨んだのが2010年、初めてのソロピアノコンサート「YMENE」でした。結局映像も使いましたが、自分なりにはとても満足のいくステージになりました。

里山に移住して、見えるようになったもの

――2013年には兵庫県の里山に移住されました。田舎暮らしを始めた理由は?

京都府亀岡市のいわゆるニュータウンで生まれ育ったので、昔から山奥の田舎暮らしに憧れていました。古くから伝わる風習、祭り、人づきあい、畑仕事……。世界中を旅して歩いたのも、そうしたものをじかに見て触れ、感じたいという思いに突き動かされていたからだと思います。

転機になった2010年のソロコンサートのあたりからますますその思いが強くなり、人生もったいないわ、そうだ引っ越ししよ! と(笑)。すぐに家探しを始めたのですが、そのあと東日本大震災が起き、避難して来られた方も増えて関西で家を探すのが難しくなりました。しばらくして出あったのが、今の山奥の家でした。

――村ではどんな暮らしを?

土を耕し野菜を育て、自分で栽培したものや村の人からもらった食材でごはんを作り、村の集まりに顔を出し、ピアノを弾き、仕事をする――。そんな感じです。村には20軒ほどしか民家がないので、みんな顔見知り。道で会えばあいさつし、世間話をして。街では他人と関わらずに生きていけるけど、田舎ではそうはいきません。というか、関わらないと田舎で暮らす意味がないですからね。

あと、都会にいると、火も水も人間の手で管理されていないものを手にする機会がほとんどありません。今暮らしている村も普段は現代的な生活をしていますが、畑があるから土に触れ、山には水が湧き、家には火をくべる囲炉裏がある。そういうものに触れていると、やり方を知ってさえいれば明日生きていけると実感できる。最近はそういうのも当たり前のことになってきて、ここが田舎だと忘れることも(笑)。3年余りですっかりなじみました。

――どんな変化がありましたか?

これまで見えなかったことが見えてきた。今はネットで色々なものが見られる時代だけど、見えていないものがたくさんあると気づかされました。たとえば、村にはお祭りがあります。お祭り当日に外から来て見物するのと、村に暮らしながら1年間村の人たちと一緒に準備してハレの日を迎えるのとでは感じ方も、見える風景も、当然ですが全然違うんです。

以前の僕は、誰かが作ったものに参加したり消費したりしているだけだった。料理をするにしても、店に並んでいるものを買ってきて、最後に組み合わせるだけのパズルみたいな料理しかできなかった。それが今は自分が育てた素材で料理ができる。土を作り、種から育てているのだから、見える範囲がまるで違ってくるんです。極端に言えば、世の中は生産するか消費するかの2種類の生き方しかなくて、大多数の人は消費する側にいる。毎日毎日、自分が住んでいる土地を骨の髄まで味わいながら暮らすという生き方が本当に貴重になった。そのことに気づけて良かったし、もっと早く気づけたらもっと良かったと思っていますね。

ただ、いいことばかりじゃない。自分が好きなもの、美しいと思うものだけに囲まれていたいと思っていても、「なんでこれ建てる?」っていう建物が現れたりする。自分の買った土地だから好きにしていいっていう都会的な考え方なのかな。でも、そういうこともひっくるめてムラがあるのが村だし、自分は自分でよいと思う人の背中を見てやっていけばいいんだと。人生に色々なムラが入ってきてもいいや、と。生きていくことに対して「大丈夫」って思えるようになりました。

村での暮らしが音になる

――創作活動にはどんな影響が?

鳥の声も虫の音も、季節の移ろいも、村の人との井戸端話も、見たこと、感じたことが自然と音に入っていき、自然と曲になっていきます。畑仕事していても、「この感じをピアノで弾いたらどうなるかな?」とか、そんなことばかり考えてます。

最近は、朝起きて気楽に録音するのが楽しくて。ちゃんと作るんじゃなくて、落書きするみたいな感覚。ピアノはもちろん、塩ビパイプをくるくる回し「ヒュン!」って音を鳴らしながら山に行くのも楽しい。妻には「何してんの?」って怪訝(けげん)な顔をされますが(笑)。山で暮らしてなければこの感覚はなかったと思う。

あとは、CM音楽や劇伴などオファーいただく仕事に対し、以前の僕は自分の中に「これがいい、おもしろい」という思いが強すぎて、何を求められているのかがわからないことがありました。でも最近は、相手の言うことやアイデアを受け入れてみることも。すると、やっていくうちに「これもいいかも」とおもしろくなってきて、最後は「僕が本当にやりたかったことはこれや」と思うほど辻つまが合う。それは、田舎暮らしで頑なな部分が緩んできたことも関係あるんじゃないかな、って。

最高の形になったコンサートを収録したニューアルバム

――2010年のソロコンサートの音源から選曲した「YMENE」に加え、15年に8人のミュージシャンが結集したコンサートを収録したアルバム「山咲み」がこの3月にリリースされました。聴きどころは?

一人の人間の頭の中で考えたことじゃない感じが、僕自身聴いていてすごく楽しい。参加してくれた人がそれぞれの練習を通じ、人生を通じ、得たものを持ち寄ってくれた。音も作品も、一人ならなんとか懸命にやることで進めても、何人かが集まったときは誰かがダメになるとみんなダメになる。集団になればなるほど嘘がつけなくなるんです。でも、それぞれの人の中の積み重ねが一つの方向に向いて音が出せて、それが最高の形になった。CDとDVDはある意味お祭りの日の記録だけど、そこにつながっていることすべてが見える。それができたのがすごいなぁ、と。僕一人の名前で出すのが変やな、って思っています(笑)。

――「これから」への思いをお聞かせください。

見えないもの、見たことがないものへの憧れが、まだまだあります。今、山に住んでいても本当の山奥に入ることはほとんどないのですが、世界中にはそういうところで普通に暮らしている人がいる。その中に混じりたい。先日石垣島を訪ねたときは、木が生い茂るジャングルに入りました。すると今まで聞いたこともないような鳥の声が響いていて、これをピアノで弾いたらどうなるんだろう、この感覚で弾くのはまだ知らんなぁ、と。次はソロモン諸島に行きます。南米もいい。アマゾンに行ってみたいですね。

そうして旅をするときに、本当はピアノを持って行きたい。小さいキーボードでも似たようなことはできるけど、そうじゃなくてピアノが弾きたいんだよなぁ、といつも思うんです。でも、この間竹富島の海岸で落ちていたサンゴの死骸をカチカチ鳴らして遊んでいたのを妻がたまたま録画していて、それを見たらおもしろかった。そうか、そこにあるものをピアノだと思って触れれば僕は楽しいんだ、と知りました。

ピアノを遊ぶ、音を遊ぶ。そんなふうに暮らし、作っていくんだと思います。
    ◇
高木正勝(たかぎ まさかつ)
音楽家、映像作家。1979年生まれ、京都出身。ピアノを用いた音楽と、世界を旅しながら撮影した“動く絵画”のような映像を手がける。美術館での展覧会や世界各地でのコンサートなど、分野が限定されない多様な活動を展開。『おおかみこどもの雨と雪』やスタジオジブリを描いた『夢と狂気の王国』の映画音楽をはじめ、コラボレーションも多数。2013年から兵庫の山深い谷間に暮らしている。
2010年のソロコンサートの音源から選曲した「YMENE」と、2015年に8人のミュージシャンが結集したコンサートを収録したアルバム「山咲み」を、2017年3月、同時にリリースした。
www.takagimasakatsu.com
【ライブ情報】
■高木正勝ピアノソロコンサート”イメネ”
アルバム”イメネ”発売記念。一夜限りの再演。
9月1日(金)東京・めぐろパーシモンホール 大ホール

■東急プラザ銀座×Bunkamura SPECIAL PROGRAM〈春〉
高木正勝ピアノソロライブ
5月14日(日)東京・東急プラザ銀座 6階 KIRIKO LOUNGE 数寄屋橋茶房

■頂 – ITADAKI 2017
6月4日(日)静岡・吉田公園特設ステージ

■京都岡崎音楽祭 2017 OKAZAKI LOOPS-SYMPHONIC EVOLUTION SPECIAL – 高木正勝 オーケストラ コンサート with 広上淳一 × 京都市交響楽団
6月10日(土)京都・ロームシアター京都 メインホール

PROFILE

中津海麻子

執筆テーマは「酒とワンコと男と女」。日本酒とワイン、それらにまつわる旅や食、ペット、人物インタビューなどを中心に取材する。JALカード会員誌「AGORA」、同機内誌「SKYWARD」、ワイン専門誌「ワイン王国」、朝日新聞のブックサイト「好書好日」、同ペットサイト「sippo」などに寄稿。「&w」では「MUSIC TALK」を連載中。

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