このパンがすごい!

フランス仕込みの才気が光る焼き上がり/アダチ

バゲット

バゲット

■ブーランジェリー パティスリー アダチ(静岡)

山の中の温泉地、伊豆湯ケ島。一軒のブーランジュリーパティスリーが急に現れる。ドアを開いて入るなり、目を疑った。フランスのパン屋さながらの光景が展開されていたのだから。バゲット、カンパーニュ、コンプレ……。濃褐色の焼き色も、くっきりと割れたクープ(切り込み)も、作り手の才気を証していた。

足立恵太シェフはパリに渡り、バゲットコンクールで優勝した名店アルノー・デルモンテルで経験を積んだ。郷里の伊豆でも、デルモンテルと同じようにフランスの老舗ヴィロン社の小麦粉を使ってパンを焼く。

バゲットの、クープの耳だけ焦げたベストの焼き込み加減、その間で盛り上がった皮がセクシーな曲線を描く。バターのような甘い芳香が豊かに放たれている。齧(かじ)りつく。手加減なしの硬さは本物のバゲットのもの。がりがりばりばり。皮から、甘さとともに、フランス産小麦特有の海老せんのようなコクが漂い、旨味(うまみ)は喉へ流れていく。中身には甘みよりむしろ、デンプン質の風味が芳醇(ほうじゅん)にあって、なまめかしい塩気とともに広がっていった。

バゲット断面。蜂の巣状にぼこぼこ空いた気泡は発酵がうまくいった証拠

バゲット断面。蜂の巣状にぼこぼこ空いた気泡は発酵がうまくいった証拠

蜂の巣状の気泡もさることながら、驚きは中身が芥子(からし)色を帯びていること。風味成分が飛んでいないのだ。秘密は、生地へのストレスを最低限にするミキシングと発酵。「重力で(グルテンを)つなげる」と足立シェフは表現する。

「(日本では少数派の)フランス製スラントミキサーを使っています。下からもちあげるので、手ごねの感覚になります。パリ(デルモンテル)では8分でしたが、うちは3分。入れたまま20分・20分・30分のタイミングで1回転させてパンチをします」。そのあと、21時間もの発酵をとり、ロットごとに大きくぶれ、扱いづらいヴィロンの粉を最高のバゲットへと導く。

カンパーニュ

カンパーニュ

カンパーニュに唸(うな)った。皮を食べると、芋のような濃密なフレーバーが満ち、そのあと現れた甘さが、なぜか実にさわやかだったのだ。ルヴァンリキッド由来の香りと、麦の風味の微粒子が飛び回るような粉っぽい風味が渾然(こんぜん)一体になっている。単に風味が濃厚というだけではない。中身のしっとりさ加減(粉に対して92%と多め)や適度な酸味、薄からず厚からずの皮があいまって、唾液の分泌に従い、さまざまな風味が開示されていくのだった。

鴨の生ハムと青リンゴのサンドイッチ

鴨の生ハムと青リンゴのサンドイッチ

鴨の生ハムと青リンゴのサンドイッチは、これしかないという組み合わせ。鴨の脂が溶けて獣性に満ちた風味が噴出し、そこに青りんごのさわやかな甘酸っぱさがふりかかり、味わいの間隙(かんげき)に酸味が見事にはまる。かりかりと弾けるクルミも肉の香りとマリアージュ、全粒粉とライ麦と蜂蜜入りのパンはまるでプンパニッケル(ドイツの黒パン)のようなカラメル感があり、肉の甘さを引き立ててやまない。

足立シェフはこのサンドに衝撃を受け、何度も足を運んで脳裏に刻み付けた。

「リヨンで見つけたときは、すごく感動しました。パンはこのサンドイッチのためだけに作っているみたいで、いつ行ってもこのパン単独では見かけたことがありません」

バトンミエルアマンド

バトンミエルアマンド

バトンミエルアマンド。細長い棒がぼりぼりと楽しい食感。生地に混ぜ込まれたはちみつと、キャラメリゼされたアーモンド、そして小麦の甘さが愉楽的に出会う。油脂も砂糖も入れないバゲットの国に、こんな遊びにあふれた細長いパンがあったのは驚きである。

「パリのブーランジェリー パティスリーで見つけて、衝撃的でした。パリはものすごく歩きましたね。メトロは使わずに。出会ったパン屋はぜんぶ入った。ヒントがあります。歩いたもん勝ちだなって」

スタイリストとしてパリに渡り、そこでブーランジュリー パティスリーに出会い、魅せられパン職人に転身した。

「かわいらしさがすごく好きなんです。パンの名前も、ブリオッシュ・ア・テットが『お坊さんの頭』に由来してたり、洒落(しゃれ)のきいたふざけた感じがよくて」

厨房(ちゅうぼう)には粉にまみれて、フランス各地のご当地パンの本が置かれていた。そこにあるとんでもない発想や奇妙な形が、彼のイマジネーションの源になっているのだ。フランス的なものへの限りない愛。多くのパン職人がフランスに渡ったけれど、足立さんにしか汲み取れないなにかが存在している。

外観

外観

■ブーランジェリー パティスリー アダチ
静岡県伊豆市湯ヶ島2860-2
0558-85-0901
8:00~18:00(商品が無くなり次第終了/月・火曜休み)

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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