花のない花屋

認知症の祖父に、春の訪れを知らせたい

  

〈依頼人プロフィール〉
柴田智恵子さん 39歳 女性
愛知県在住
動物飼育員

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雑貨店などを営んでいた祖父には子どもができず、私の両親が結婚後に養子として祖父の家に来たそうです。血はつながっていないのに、祖父は私と弟を本当の孫としてかわいがってくれました。

私は高校卒業後すぐに実家を離れ、かれこれもう20年近くなりますが、祖父に会いたくてよく帰省していました。10 年ほど前、誕生日に手編みのマフラーをプレゼントした時はとてもよろこんでくれて、母からは「毎日マフラーしてるよ」と聞かされました。

私の結婚を楽しみにしていて、帰省するたびに祖父はまだかまだかと心配していました。5年前に決まったときは、心からよろこんでくれました。ひ孫が産まれたときは、子ども好きの祖父は「かわいいかわいい」と何度も抱っこしてあやしてくれて、とてもうれしそうでした。

でも、この頃から少しずつ祖父に認知症の症状が出始め、私と母を間違えたり、名前が覚えられなくなったりしていました。日々刻々と症状が進む中、認知症になってしまった祖父を見るのが嫌で、帰省を戸惑うことが増えてしまいました。

そんなある日、母から電話で「おじいちゃんが夜中に外出して警察から連絡があった。家では対応できなくなってきたので、ホームにお願いすることにした」と聞き、本当にショックを受けました。

今年94歳の祖父は会うたびに症状が進み、一日中ベッドでほとんど目をつむったままです。自分では動けず、移動は車イス。今では母の呼びかけにもあまり返事がありません。

祖父は、動物が好きで犬、猫、ウサギ、ニワトリなどたくさんの動物を飼っていました。畑や庭の手入れもよくしていて、水仙やチューリップ、スズランが咲いていたのを覚えています。

一日中目をつむったままの祖父には、花は見えないかもしれません。でも、昔庭に植えてくれていた花々を束ねて、大好きな祖父に春の訪れを知らせたいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

ご希望のあったスイセン、チューリップ、スズランに加え、ヒヤシンス、フリージア、バイモユリを中心に挿しました。いわば、“球根の花束”です。

長持ちして欲しかったので、どれもつぼみの状態で挿しましたが、時間が経つにつれどんどん茎が伸び、花が咲いてくるはずです。オレンジやイエローの明るい色彩が広がり、同時に春らしい香りが漂うはず。

リーフワークには、たっぷりとユーカリ葉を挿してボリュームを出しました。明るいスモーキーな色で、ナチュラルガーデンの雰囲気が出ます。

おじいさまは、最近ずっと目をつむったままだそうですが、この花束で少しでも春の訪れを感じてもらえますように……。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

認知症の祖父に、春の訪れを知らせたい

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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