花のない花屋

反抗してごめんね、恩返しできないまま逝った祖母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
四條郁美さん 35歳 女性
静岡県在住
主婦

    ◇

私は、仕事で忙しい母に代わり、おばあちゃんに育てられました。トイレも、鼻水をかむことも、すべての生活習慣は母ではなく、おばあちゃんに教わりました。

おばあちゃんは優しくて人に好かれるタイプで、鼻筋の通った女優さんのような美人でした。一緒に寝るときは、いつも私の冷たい足を温めてくれたり、小学生の時は、大好きなホットケーキを毎日のように作ってくれたり……。本当に大好きなおばあちゃんでした。

でも、高学年になるにつれ、だんだんおばあちゃんが煙たくなってきました。周りの友達のお母さんと比べて、年老いたおばあちゃんを恥ずかしく感じたのかもしれません。おばあちゃんの口付けたものは汚い、加齢臭がするなどといって毛嫌いし、毎日のように「うるせー、くそばばあ」と罵り、ひどい態度で接していました。

中学、高校と進むにつれ会う時間も減り、私は東京の専門学校に行ったため、さらに疎遠になってしまいました。それでも、おばあちゃんは遠くで一人暮らしをする私を心配し、手紙やお小遣いを送ってくれたり、優しく接してくれました。

そして東京にきて4年経ったとき、母から突然電話がありました。「おばあちゃん肺ガンだって。余命宣告されたよ」。

急いで地元に戻り病院に駆けつけると、おばあちゃんは自分が辛いはずなのに、私の心配をしてくれました。絶対に治ると信じて病院を後にしましたが、進行が若者並みに早く、あっという間に全身に転移。私は何も恩返しをしないまま、半年後に穏やかな顔で旅立ってしまいました。

棺に入れる前、おばあちゃんの足は白くてとてもきれいでした。あまりにも美しかったので、母に「マニキュア塗ってもいい?」と聞き、ピンクのマニキュアを塗り、ピンクの紅を差しました。

葬儀では何人もの方に「人の悪口を言わない、本当にすごい人だった」と言われました。だから、おばあちゃんの周りにはおばあちゃんを慕う人がたくさんいたのでしょう。

2月1日はおばあちゃんの命日でした。甘いかもしれませんが、孝行できなかった分、まわりに少しでも優しくすることで、ちょっとでも天国のおばあちゃんはよろこんでくれるんじゃないかな、と思っています。あれから12年が経ちますが、いま改めておばあちゃんにありがとうのお花を贈りたいです。

亡くなる前、黄色のガーベラをプレゼントしたときに、「このヒマワリ好きだよ」と母に言っていたそうです。今でも仏壇にはガーベラとヒマワリを飾っています。薄紫色も好きだったので、黄色いガーベラと薄紫色を組み合わせた花束を作ってもらえるとうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

ご希望通り、黄色いガーベラとヒマワリに薄紫色の花を加えたアレンジです。ガーベラは2種類使っています。一つはいわゆるガーベラらしいガーベラで、もう一つはヒマワリにとてもよく似ているものです。こうやって並べると、おばあさまが間違えるのも無理ないですね。

薄紫色はスイートピーをメインにしていますが、それだけだと少しぼんやりしてしまうので、アクセントにクレマチスを加えました。濃い紫色で線がはっきりしているため、全体を引き締めてくれます。

花のやさしいトーンを生かすため、リーフワークは入れませんでしたが、代わりにクレマチスの葉をところどころに挿しました。

今年の命日は過ぎてしまいましたが、おばあさまのことを思い出し、この花束を楽しんでもらえたらうれしいです。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

反抗してごめんね、恩返しできないまま逝った祖母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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